Aブロック
第1回戦 第4試合




台湾代表 南極代表
ご主人様
趙文
メイド
鄭慶花
メイド
ナターシャ
ご主人様
アテナ
VS



 Aブロック1回戦最終試合。

 間もなくそれが開始されるという緊張感の中、大会実況担当の実況子のアナウンスが響いた。

『さぁお待たせいたしました! 大会もいよいよ佳境! ついにAブロック1回戦の最終試合です!!』

 このアナウンスはテレビ放映のみならず、会場内にも響き渡るように設定されている。このアナウンスで、会場が再び盛り上がった。

『えーなお……解説には再び西園寺さんに来ていただいております。……いらないっつったのに……(ぼそ)』
『何か言ったかい? 小娘』
『前回優勝者に来ていただいて光栄だと申し上げました。えへ』
『なかなかしたたかになってきたようだがの……今の失言は、南蛮渡来のカステイラがないと許さないよ?』
『……ま、用意はさせますけどね……。あたしが気になるのは、持参の抹茶はわかるとして、脇に添えられてる、ミルクと砂糖なんですが……』
『これがなかなかあうんだよ。試してみな』
『……どこの時空管理局提督ですか……』

 呆れ声の況子の声にどっと沸く会場。こういう会話も全部拾ってしまうあたりが恨めしい。

『ま、まぁ、何はともあれ選手入場です! まずは1塁側より……台湾代表・鄭慶花選手が入場だ!』

 1塁側にスポットがあたる。
 そこから派手な光が飛び交い、しばらく舞い踊るとひとつに集まった。その光の中に一人の人影が映った。その人物こそ、美しき舞姫、鄭慶花。

『慶花選手の入場で、会場の男性陣からひときわ高い歓声が立ち上がる! その美しさに人気も上々! 台湾から駆けつけた人はもちろん、日本のファンからも慶花コールが巻き上がる!』
『確かに美人じゃの、外見は。――アタシの若い頃にそっくりだよ』
『いや、どこぞの天空の城の女海賊みたいなコメントはいいですから。――とにかく、ご主人である趙文選手とともに入場! ちなみに入場曲は当然趙文選手の新曲! 台湾でも現在10週連続ナンバーワンを維持してる今回も、かなりの売り上げが期待できそうだ!』
『すでに格闘大会の実況じゃない内容の実況だねぇ』
『うるさいうるさいうるさ~い!』







「何か予想以上に、気楽な会場だな」


 激しい熱気の会場。そしてボケと突っ込みが応酬を繰り返すアナウンス。それらを聞きながら、少し唖然としつつ趙文は慶花の後に続いていた。

「国と国が命運をかけて戦う場所にしては気楽過ぎるというか……。まぁオレとしてはこの方が気分は楽だが」
「ウフッ、ライヴ気分って感じぃ?」


 独り言をつぶやいてたのが聞かれたか、前を歩く慶花から声がかかる。

「そんな感じか? だからオレとしてはやりやすい。……でも慶花ちゃん的にはやりにくいか?」
「まっさか~」


 にっこりと微笑みながら、彼女が趙文に振り返る。

「アタシとしてもこの方がやりやすいよ。ノリノリで行けるしね。――だから、応援しててね、ご主人様♪」
「…………っ」


 まさに趙文にとっては太陽のような笑顔だった。正直くらっとして、そのまま抱きしめたくなる。それを何とか理性を保たせ自制はしたが、毎日毎晩この欲望と戦っている彼としては相変わらずきつい。

 彼女の正体を知っている者はそれほどいない。だからこそのこれほどの人気、異国であるこの日本でも保てるのかもしれない。自分はアーティストだからこその人気があるのだが、彼女には何も無い。しかしこれだけの大歓声は、彼女の魅力の裏づけともいえる。

 そのこと自体は趙文としても胸が張れるし、喜ばしいことだった。

 あの問題さえなければ。

(……オレは果たして、無事に台湾に帰れるのか)

 日々、自制が効かなくなる。正直、一線を越えようと何度思ったことか。夢にまで見てしまった。だがそれを食い止めているのは、彼の強靭な精神力のたまものと言えよう。

 後世の歴史家は言う。「ご愁傷さま趙文くん」と。

(いや、それは昨日ホテルのテレビで見た、日本のアニメタイトルだから!)


 ぼーっとしてきて、ありえない後世の歴史家の名前とか考えだした自分に気づき、思わず自分の頬を叩いた。

「……どしたの? ご主人様こそ緊張してる?」

 そんな彼に、慶花がのぞきこむかのように顔を近づける。

「それともなれない環境に熱でも出しちゃった?」

 そのまま自分の額をあて、熱を測る慶花。迫った顔がさらに近づき、ともすれば唇同士がくっつきそうなほどの近距離。

「だ、大丈夫だ。気にしないで、慶花ちゃん」

 慌てて距離を保つ趙文。理性が吹き飛びそうな寸前であった。

「あぁん、もう。ご主人様のいけずぅ」
「いやまぁその、みんな見てるしね」
「んもう。……ま、いーわ。どうやら大丈夫なようだし……このまま優勝して、アタシは完璧になる! 見ててね、ご主人様♪」


 にっこりと微笑み、慶花は一気に闘技場に駆け上がっていく。

 その様を後ろから見つめる趙文。

 そうだ。彼女が優勝すれば、国の権力うんぬんはどもかく、彼女の望みがかなう。身も心も女になれるはずだ。そうすれば……まぁいろいろひっかかるが、自分も進めるかもしれない。前に。

「その時を期待してるんだよ、俺も!」

 少し苦笑気味に笑った趙文は、彼女の後に続くように闘技場に上った。







『さぁ続きましては!』

 慶花たちの入場が済んだところで、再び況子のアナウンスが響く。

『3塁側より、南極代表のナターシャ選手の入場! 驚天動地! 国が無いはずの南極からの出場もアレですが、何と出場メイドはペンギンと言う異色の出場です!』
『その割には落ち着いて実況できるの? 小娘』
『いやまぁ……前に担当した大会で、いろいろと凄いのを見てきましたから……』
『なるほど。まぁ確かにあの大会はかなり節操なしな出場枠だったからねぇ』
『西園寺さんに同情をいただけるとは思いませんでしたよ……。――えー、こほん! それはともかく、主人であるアテナ選手も一緒に入場! このご主人もアザラシという割とありえない設定です!』
『設定とか、メタなことを言うんじゃないよ』
『割と前の大会では言ってたんで、つい……。あ、ちなみに入場曲は版権上お答えできません!』
『素直にお言い! ペガサスファン……』
『いやまずいし! 幻想と書いてファンタジーと読むというだけで許して~!』







 何かすでに実況と解説の会話になってないのだが、そんなことは気にもとめず、ナターシャとアテナは3塁側より颯爽と入場していた。

「アウアウアウアウアウ……」
「暑いですか? アテナ。確かに私達からすれば、この日本の温度はかなり厳しいですね」

 アテナと呼ばれるアザラシが何か告げれば、前を歩くナターシャがすぐに振り返り気遣いの言葉を向ける。

「ですが、すぐに終わらせます。――このナターシャ、確かにブロンズペンギンの身ではありますが、我が師ミューよりゴールドペンギンの魂は引き継いでおります。ですからお任せください」
「アウアウアウアウアウアウ」
「は、我が命に代えましても……」

 深々と頭を下げるナターシャ。

 崇拝するアテナをこんな環境に連れてくるだけでも心が痛んだ。しかしこれは神話の時代より約束された戦い。アテナの意志は固い。それを覆すことはできない。

 ならば命に代えても守る。アテナの御心のままに。

 それが出発前に、マーマとミューに誓った誓いなのだ。

(この戦い……何をもたらすのかは、私のようなものにはわからない)

 アテナの身体を支えつつ、ナターシャはふと思う。

 当然、南極には国と言うものがない。優勝したところで、どこかの誰かが得をするわけではない。あえて言うなら、我ら南極の生物を統べるアテナがすべての権限を握ることになる。
 だが、アテナはそういうのを望まないのは誰もが知っている。ならば何故? 神話の時代から約束された神々の聖戦と言われているが、それがこの戦いのことなのか?

 理解はできない。だが……

「約束……してきたからな」

 ふとナターシャは思い出す。

 はるか昔、彼女はとある人物と約束を交わしていた。

 その人物とは、かつて自分とアテナを守る戦士として称号を得るため戦った、シロクマのカシオス。力だけで押してくるタイプだったが、最終決闘の際、彼の右耳を削ぐことで隙を見出し逆転。ブロンズの称号を得た。
 その時のことを恨みに思っているはずだったが、ナターシャの師、ミューが狂乱に陥った際に、命を呈して自分を守ってくれたことがあったのだ。

 その時、彼が最後に言った言葉を、彼女は忘れていない。

「アテナの言うことを信じろ。――俺様に勝ったお前なら、アテナの命は守れるはずだ」

 自分勝手なシロクマだったが、彼もまたアテナの戦士。その魂は清いものだった。ナターシャは彼の魂もまた、誇りに思っている。

 だからこそ……

「私は……負けるわけにはいかないのだ!」

 再び自分に気合を入れると、ナターシャは闘技場に上った。








試合会場


『さぁこれで両者の準備は万端! お待たせいたしました! メイドファイト、Aブロック第4試合! レディィィィ……ゴォォォォォォッ!




「さっさと決めてあげるわっ!」




『さぁ先手を取ったのは慶花選手! 手持ちの槍を前面に繰り出しての突貫攻撃だ!』




「――早いっ!?」
「ペンギンが相手ってだけでも驚きだけどね? だけど容赦しないんだからっ!」




『連続で繰り出される慶花選手の突き攻撃! ナターシャ選手、後ろに下がりながら避けるので精一杯だ!』




「下がるだけじゃ、後はなくなるよ? そらそらそらそら~っ!」
「確かに後ろは無い……だがっ!」
「……えっ!?」





『あぁっとぉ! ナターシャ選手、飛翔! ジャンプではなく、飛んでいる!! これは生態系に大きく波紋を呼びそうな行動です!』
『ペンギンといえど、メイドだからね。飛べるさ』
『いや、メイドだから飛べると言うのは……』
『飛べないペンギンはただのペンギン……ってことさね』
『……何気にジブリ系が好きなんですね……?』




「――反撃に転じます!」





『驚愕の余り、一瞬動きが止まった慶花選手! その隙をついて今度はナターシャ選手が攻めに転じる!』




「舞えよ、白鳥! 『ダイヤモンドダスト』!」

「うわっ! 何これ!?」





『繰り出したのはナターシャ選手の18番、凍気術! いきなりの冷気に慶花選手が翻弄される!?』
『ペンギンなのに、白鳥発言は突っ込まないのな、お前さんは』
『いや、キグナスペンギンらしいので、いいんじゃないんですか? ……そんなことはともかく、形勢逆転! 今度はナターシャ選手が追い詰めていく! 一気に勝負が決まるか!?』




「さっむ~い! ……だけど、その程度じゃ!」





『おおっとぉ、しかし慶花選手、槍を前面にかざして回転させることで、吹き付ける冷気をすべて弾き飛ばす! 見た目とは裏腹に、力技で弾いた!』
『ふ……実際、見た目どおりだがな』
『へ? どういうことですか?』
『お主のようなひよこにはわかるまい。まぁええ。それよりも試合が動くようだぞ?』




「うん、少し甘く見てたかも。謝るよ、ペンギンさん」

「ペンギンとはいえ、私は孤高のアテナの戦士。舐めてもらっては困るわ」
「りょーかい。――だから、本気で行く!」




『おっと、ここで慶花選手から異様な気配が! そして手持ちの槍を鋭く構え、狙いをつける!?』
『ほぉ? あれは牙……』
『はぁい! オフレコぉ!』




「見せてくれるようだな。――ならば私も全力で戦うまで!」





『対するナターシャ選手も白いオーラを漂わせ、独特の舞を見せる! その舞はまるで、白鳥が舞うかのようだ!』
『素直にお言い! あれはキグナスダン……』
『だからぁ! 版権と言うものがあるんです!』
『何を今更』
『だいたい、何でそんなに詳しいんですか!? ひょっとしておばあちゃん、オタク!?』
『お姉様とお呼び! ……そもそも、そういう突っ込みができるあたり、お前さんも同類のような気がするんだがの』
『あ、え、いや、その……こほん。と、ともかく! 両者ともまさに一触即発の状態! 果たしてどちらに勝利の女神が微笑むのか!?』
『ふん……。あたしにはこの勝負の行く末、もう見えとる』
『へ……?』
『ひとつだけ言うとね。あたしゃ、幕末剣戟ものより、ギリシャ神話モチーフ漫画の方が好きだってことさ。――あえて、おぶらぁとに包んでやったぞ』
『それは感謝しますが……それじゃ!?』
『そして、その漫画の中でも……』




「行くよ、ペンギンさん! 死んでも恨みっこなしだから!」
「そっくりお返しするわ。私も手加減できない……っ!」
「――『紫電』!」
「――『ホーロドニースメルチ』!」




『両者激突! 鋭く一閃される慶花選手の槍と、嵐のように荒れ狂う凍気を繰り出すナターシャ選手の術! そのエネルギーが互いの中心でぶつかりあい、たゆたっている! これは互角か!?』




「……まったく……本当にやってくれるよ、このペンギンさんは!」

「我が術を止めた……? 一瞬でも気を抜けば、この中央でくすぶってるエネルギーを……」
「そう! まともに食らうことになる! だから――全部あげるっ!」




『ああっとぉ! ここで慶花選手の一撃がさらに鋭くなる! 徐々にエネルギーの塊がナターシャ選手の方に!?』




「なっ!?」

「ほんのちょっとだけ……本性出させてもらう! はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「ば……バカなっ!? そんなことっ!?」




『直撃ぃぃぃぃっ! 強大な塊となっていたエネルギーの渦は、一気に押されてナターシャ選手に直撃したぁ! これにはたまらず、派手に吹っ飛ぶナターシャ選手! 勝負ありか!?』
『ふん、小娘。お主、何を見ておる?』
『え? ――でも、あんなの食らって、無事に済むはずが!?』
『確かに無事ではすまんの。……だが、死んだわけじゃない』




「――立った……の?」
「……残念ながら、このキグナスペンギンのナターシャ。そう簡単に死ねるほど、気楽な身分ではないのでね」





『た、立ち上がったぁ……。ナターシャ選手! あの衝撃を受けてぼろぼろになりながらも、立ち上がりました!』
『げに恐るべきは、運命を背負った戦士の宿命と言うところだの』
『しかし! 完全に満身創痍! 早めに傷の手当をしないと、死んじゃうんじゃ!?』
『無粋なことを言うもんでないよ』
『でもぉ!』
『よく見ておきな。あれが南極という場所を舞台に、わたし達が知らないところで神々の戦いを繰り広げている生物の本当の姿だよ』




「私はこんなところで朽ちるために、はるばる日本に来たわけではない。……だから! 極限まで高まれ! 私の小宇宙!!」

「な……ちょ、ちょっと待って……」





『満身創痍のはずのナターシャ選手から強力な黄金色のオーラ! 無事な慶花選手よりもはるかに高い戦闘力! これはいったい!?』
『生物が持つ五感。それを超越した第六感。――さらにそれすらも超越した第七感があると言われておる。――それ、すなわちセブンセンシズ』
『究極の……第七感、ですか?』
『左様。究極にまで高まった力を発揮することで発動するその能力は、神々の戦士しか持たぬ覚醒力。ゆえに……黄金の輝きとともに、その本当の姿を現す!』




「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「そ……そんな……こと……」





『あ、ありえない……』
『どうした? きっちり実況せんかい』
『いや、さすがにこんなの、あたしとしても初めて見るもんで……言葉が……』




(――目覚めましたね、私の戦士)





『えっと……正直、言葉に詰まってしまいましたが……驚きました! ナターシャ選手、人間の姿になったぁっ!?』




(――神々の戦いの、選ばれし戦士の降臨……)




『しかもかなりの美少女! 金髪のロングヘアーが華麗に舞っているその姿からは、ペンギンの面影はまったくないぞ!? まさか、これが本当のナターシャ選手の姿!?』
『違う。彼女はあくまでペンギン。しかしセブンセンシズに目覚めることで、神々の戦いに生き抜くだけの姿になっただけさね。――ある意味、真の姿とも言えるかもしれんがの』
『無茶苦茶ですよぉ!?』
『その無茶がまかり通り、道理が引っ込むのが――MaidFightっていう戦場なんだよ。よぉく覚えておくんだね、小娘』




「さ、さすがに……このアタシも言葉を失ったわよ……。そんな隠し芸まであるとはね……」

「い、いや、私も驚いている。こんな姿、私も初めてだ。極限まで小宇宙を高めた影響か……? ――だが」
「…………?」
「今までに無いほどの高揚感。力が溢れてくる……まだ、戦える!」
「そう……いうこと。なら……」




『さすがに試合中にも関わらず唖然としていた慶花選手、ここでひとつ深呼吸。何とか冷静さを取り戻したか!?』




「さらに本気で行かなくちゃ、ネ」





『そして、再び槍を鋭く構える! 狙いをナターシャ選手につけ、腰を静かに落とした!』




「――こと、変身に関してはアタシも負けてないから」

「言っておくが……我らアテナの戦士に同じ技は二度も通じない」





『対するナターシャ選手、両手を組み、頭上に掲げた!』




「それでも良ければ……来なさい!」





『両者の合間に再び強力な闘気が膨れ上がっていく! これは先ほどのものとは桁違い! 下手をすると会場にまで影響が出そうな勢いです!!』
『実際出るかもしれんの』
『暢気に言ってないで! 何とかしてよ、おばあちゃん!!』
『お姉様と呼べと言っておる! 頭のかわいそうな子だよ、ほんとに!』
『そんなこと言ってる場合じゃ!?』




「……ごめん、ご主人様。ちょっとだけ『戻る』わ」
「……我が師ミューよ。今一度、このナターシャに大いなる力を!」




『さらに闘気が膨れ上がる! スタイル抜群のアイドル慶花選手と、金髪美少女のナターシャ選手の間に激しい緊張感!』
『絵的にはかなり映えるの』
『いや、そうじゃなくて! マジでこれはぁっ!』
『いいから黙って実況してな』
『黙って実況はできませぇぇぇぇんっ!』
『……意外と余裕だの……』




「……参る! 『紫電』!!」





『先に動いたのは慶花選手! 先ほどナターシャ選手を吹き飛ばした必殺技を繰り出していく! これで勝負を決めるのか!?』




「言ったはず! アテナの戦士に、同じ技は二度も通じないと!」




『しかしナターシャ選手! その鋭い突きに対し、今度は真っ向からぶつかるのではなく身体を少し振ることでかわしたぁっ!』




「軌道はすべて見切った。これで終わり!」

「っ!」
「『オーロラエクスキューション』!!」




『ナターシャ選手、振り上げていた両手を一気に振り下ろす! そこから発生した凍気は先ほどまでとは比べられないほどの威力! まさしく絶対零度! それを技を解き放ち、隙だらけの慶花選手にぶつける! これは勝負ありか!?』
『……そういえば、さっき言い損ねていたね』
『さっき? ……何でしょう?』
『あたしが好きなのはギリシャ神話をモチーフにした漫画。そして、その漫画の中でも……あたしゃ、クールなマザコンより、少し気弱な外見女性のような男戦士の方が好きでねぇ』
『へ? それって、どういう……?』
『ま、あの子は全然キャラが違うけどね。勝敗に関しては……そういうことさ』




「――確かに見切られてたようだ」

「えぇ。ですからこれで終わりです」

「だが、この技はこれで終わりじゃない。……貴様の負けだ」

「――え……っ!?」





『ああっとぉ! 何とぉぉぉっ!? 慶花選手! まだ技を解き放ちきっていないっ!?』




「うぉぉぉぉぉぉぉっ! 『嵐巻』!!」

「っ!? なぁっ!?」





『繰り出した槍を、力で無理やり振り回し、大回転! その勢いで発生した嵐が膨れ上がり、ナターシャ選手を解き放った冷気ごと巻き込んでいくぅっ! これはさしものナターシャ選手も不意をつかれ、防御不可っ!』




「きゃあああああああっ!」





『強力なアイスストームが発生し、ナターシャ選手の身体を翻弄! 空中高く舞い上げ、そのまま闘技場の上にたたきつけるっ! これはさすがに大ダメージ! 勝負ありかっ!?』




「……認めたくないけど、褒めてあげる。アタシをここまで追い詰めるなんて、思いもしなかったわ。制限解除をしなけりゃ、マジヤバかった……」
「く……っ。あなた、一体何者……?」
「それは秘密♪ ただのナイスバディーなセクシーアイドル、エターナルセブンティーン、慶花よ♪」
「ふっ、ふざけたことを……。だが――」




『あ、いや、まだ勝負はついてない!? ナターシャ選手がよろよろとだが立ち上がったぁっ!』




「……ムダよ。さすがに動けないでしょ? 正直、手刀一発で沈める自信があるわ」

「どうかな? 一矢は報いている。――あなたは動けない」
「え……? はっ!?」




『あっとぉっ!? 慶花選手、いつの間にか、氷の粒子に包まれている! ナターシャ選手、最後の意地で慶花選手をバインドしていたぁっ!?』




「どういうこと? 動きをとめたところで、アタシの勝ちは確定している。こんなもの、すぐに振りほどけるわ」
「でしょうね。……だからせめて、引き分けに持ち込む」
「っ!? まさか、自爆する気!?」
「安心して、あなたは死なない。せいぜい気絶。……でも、この勝負は相打ちで終わりよ」
「何故そこまで!? あんたは死ぬんでしょ!?」
「アテナの戦士に、敗北はない。――それを打ち破るわけにはいかないのだ。私のせいで!」
「くっ! 愚かなことは……」




「そこまでっ!」






『おっと! ここで一喝する声が、闘技場に響いた!? いったい誰が!? ――あ、あそこです! いつの間にか闘技場に立っている深紫色の長髪の女性! 清楚で高尚な感じのする美人ですが……いったいどこから!?』
『ほぉ、あれが……』




「そこまでです、キグナスのナターシャ」

「ア、アテナ……?」





『へ? あの人、アテナさん!? でもアザラシだったはずじゃ!?』
『よく見てみろ、小娘。あそこにアザラシの着ぐるみが脱ぎ捨ててある』
『あ、ほんとだ。……ってぇ! 着ぐるみだったの、あのアザラシ!?』
『……よく見るがよい。きちんと背中にチャックがあるだろ?』
『……ほんとだ……。――てっきり流れ的に、アザラシも覚醒したのかと』
『意外とお茶目さんだったようだの』




「アテナ……」

「もう良いのです、ナターシャ。死ぬことは許しません」
「しかし、目的も果たせず1回戦で敗れてしまうなど……っ」
「目的は達成しました」
「え? ……どういうことですか? アテナ」
「あなたをたばかっていたことを先にお詫びします、ナターシャ。――本来の目的は、あなたの覚醒。神々の戦いが迫ろうとしているこの時に、どうしてもあなたには目覚めてほしかったのです」
「私の……覚醒?」
「はい。あなた自身が限界を突破して、早急に覚醒をしてもらう必要がありました。限界に近づいてもらうためにも、あなたに本当のことを伝えずにいたのです。……ごめんなさい、ナターシャ。あなたをだますようなことをしてしまい……」
「そんな……。頭を上げてください、アテナ」
「私の勝手な判断であなたを生死の危機に追い込んだのは事実です。――それでも、私はあなたを必要としています。ついてきていただけますか? キグナスペンギンのナターシャ」
「はっ、アテナの御心のままに!」



「……何か勝手に壮大な話で盛り上がってるところ、悪いんだけど……」

「あ、すみません。――この薔薇ですね? お渡しします」
「ありがと。あっさり渡してくれるとは思わなかったけど」
「言ったはずです。私の目的は果たしたので」
「そ」
「あなたにも感謝していますよ、慶花さん。予想外に早く、ナターシャが覚醒することができました。あなたの実力、敬意に値します。……いかがですか? あなたも神々の戦いに参加されてみては?」
「……まぢで言ってる?」
「もちろん冗談です」
「――見た目と違って、結構お茶目だな、あんた……」
「よく言われます」
「ま、あんたの願いが本気だとしても、当然断るけどね。アタシはご主人様のために、もっと変わらなきゃ……んー、覚醒しなきゃいけないから。あんた達につきあってる暇はないわけ」
「なるほど。……では、あなたの願いが叶うのを祈っております」
「頼むわ。――ま、あんたみたいな貧素な身体した人の下につく気は、これっぽっちもさらさらないしぃ(ボソ)」
「――今、さりげに何かめちゃ失礼なことを言いやがっていませんでしたか?」
「安心して。いずれ撲滅だから♪」
「殺っちゃいますよ?(ニコ)」

「ア、アテナ……。あの、いつもと雰囲気が……」






『えー、何か選手同士で話が交わされているようですが……アテナさんの薔薇が慶花選手に手渡されたようなので――勝負あり! 勝者! 台湾代表、鄭慶花選手!!
『予想通りの結末だの』
『激しい激闘でしたが、結局会場に被害はなかったようです。良かった良かった』
『あのアテナとかいう女が、結界を張ってたようだからね』
『あ、それで会場が無事なんですね?』
『それにしても小娘、もう少し度胸つけといで。こんなことで驚いてちゃ、実況なんてできっこないよ。ここはそれほど過酷な戦場なんだ』
『過酷と言うか……いきなりペンギンが人間になったら、誰でも驚くと思いますが……』
『それじゃ、この戦場では生き残れんぞ? お主に足りないのは覚悟だ!』
『……まぁ確かに何かを振り切る覚悟は必要かも……。友達のとこ行って、いろいろ説明を受けてきます……』







「ご主人様! 勝ったよ! ブイ!」

「あぁ、さすがは慶花ちゃん! オレ、見てるだけしかできなかったよ」
「……何か疲れ切ってる?」
「何かいろいろ……超展開しすぎて、見てるだけで疲れた気がする……」
「じゃ、癒しが必要?」
「へ?」
「今宵はしっかりアタシが癒してあげるからね~♪」
「わわわっ! 慶花ちゃん! それはまずいってぇっ!!」
「しっかり精気を養って、2回戦も圧勝よん!」
「……養うのはどっちだろ……。いやそれ以前にぃぃぃぃぃっ!」







「今、何か断末魔の叫び声が聞こえたようですが……」

「彼らにも、神々の戦いが待っているのです。ナターシャ」
「彼らにも……ですか?」
「神々の創造に挑む戦いとも言えますが……私達ができるのは声援を送ることだけです。ふふ……っ」
「……アテナの笑みが、一瞬歪んで見えました……」
「神々に伝わる言葉で、『腐女子の笑み』と言います」
「把握しました」
「さぁ行きますよ。私達の戦いはこれからです……っ!」
「はっ!」



maid fight Aブロック第4試合


終わり










「――どうでもいいですが、『私達は戦いはこれからだ』って、打ち切りみたいですね」
「…………」

「どうせなら、同じ原作者らしく、神々の坂を上り始めたとか言って、『未完』とか言うのはいかがでしょう?」
「……アテナ、私達の出番はもう終わりですから、はやく行きましょう……」






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