Aブロック
Aブロック | Bブロック | |||||||
メイド | ご主人様 | メイド | ご主人様 | |||||
セーシェル共和国 | 伏魔殿邪美 | 鬼流院蛇姫 | 中国 | 桂花 | 金遼斧 | |||
イギリス | アリス | キャロル | ロシア | オクサーナ・プガチョワ | 矢島洋平 | |||
ドイツ | ウィータ | ソフィー | インド | カーミラ | チャンドラー・シン | |||
日本 | 木ノ内美佳 | 板倉陽一 | 日本 | 葉山くみ子 | 細海健志 | |||
イタリア | ルーシア | モナムールスキー | スイス | レニー | アミエル | |||
アメリカ | キャサリン | マイケル | ナウル共和国 | ロサミスティック | JJ | |||
台湾 | 鄭慶花 | 趙文 | 韓国 | リ・ヨンエ | サイ・スウォン | |||
南極 | ナターシャ | アテナ | フランス | シャルロット・フィリス | ミシェル・ネイ |
セーシェル共和国代表 伏魔殿邪美 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「………………」 伏魔殿邪美は、非常に困惑した表情でため息をついた。 クールビューティな顔立ちながらも、どこか優しげなオーラ。しかもかなりの美人。普通の姿なら、誰もが感嘆の吐息を漏らすだろう。 しかし、今彼女が着ているのはメイド服。何らオリジナルのデザインはない。オーソドックなメイド姿なのである。定番のホワイトブリムを頭につけ、黒と白のエプロンドレス……というよりはフレンチメイドと評した方がいいのか。どちらにしろ、クールを売りにしてるはずの彼女が、この服装をまとっているだけで違和感があった。本人もそれには気づいているのだろう。頬を紅潮させ、視線を落としている。 まぁ一部の人には、それが溜まらないと思うのかもしれないが。 そのオーソドックスなメイド姿をしている彼女にも、ひとつだけ普通のメイドとは違う装備があった。 それは一振りの魔剣。昔から邪美が使用している愛用の剣だ。かつてはこれで世界を救ったこともある。 この剣そのものは、邪美の魂ともいえるもの。普段の生活ではさすがに画しているが、ひとたび何かあれば、必ず邪美の右手に握られていた。しかし今のメイド姿にはあまりにも似つかわしくないものであった。 「な……何で……」 ふと邪美がつぶやく。 「何でこんなことに……っ!」 話は1週間前に遡る。 詳しい経緯を説明するとかなりの長さになるので省略するが、邪美が昔からの親友である紀伊呂華敏の呼び出しに応じたのが、そもそもの誤りだった。 華敏は言葉巧みに邪美を酒の席に連れ出すと、さんざんに酒を飲ませた。元々酒には強くなかった邪美はあっという間に飲まれてしまい、翌日屈辱的なものを見せ付けられてしまうのである。 それは契約書。「Maid Fight」にメイドとして参戦するという内容のものだった。酒で酔いつぶれた合間に、華敏の口車に騙されて、朦朧とした意識の中で自らサインをしてしまったようだ。 当然、邪美は反論した。こんなものは無効だと。しかし口先で華敏に勝てるほど、邪美は口達者ではない。結果、押し切られてしまったのである。 「と! いうわけで、悪いけど邪美。大会は1週間後だからシクヨロ~」 「気軽に言うな! だいたい、これは国の代表としての参戦なんだろう? 前の大会とは違い、個人が出れるものじゃない! 参加できるわけないじゃないか!」 「あ、そのへんは大丈夫」 別の切り口から反論を始めた邪美に対しても、華敏は待ってましたと言わんばかりに意地悪そうに笑いながら、地図を懐から取り出した。 「ここ見て。インド洋あたり。……この西部に位置する島群があるでしょ? ここをセーシェル共和国って言うんだけど……この国代表だから」 「はぁ?」 「首都がヴィクトリア。人口8万人くらいの小さな国ね。……あ、昔国際電話詐欺があった時に、この国につながるという点で有名かも」 「いやそーじゃなく! 何でこの国代表なんだ!? 国籍もないぞ!」 「私ら化人や魔女に、国籍なんてないでしょうに。……それに世界の大国相手に勝てるかもしれないと売り込んだら、喜んですぐに国連に参加し、参戦権を用意してくれたわよ、セーシェルの偉いさん」 「…………」 「国も公的に認めてくれたし、私も契約したってわけで。万事解決じゃない」 けらけら笑う華敏。この日、もう何度目か数えるのもあきらめた邪美がため息をつく。 「で、さ」 そこで華敏はひとつ間をおいて、次の言葉を紡ぎだした。 「当日は私達が用意した格好で来て欲しいわけ。契約書にもそのこと書いてあるけどね」 「私……達?」 「そ。このアイデアはある助っ人からいただいたものなのよ。……というわけで、助っ人さん、どうぞ~」 華敏の軽い口調とともに、奥から現れたのは、邪美がよく知る人物だった。 「……さ、桜子……?」 「いやーあっはっはっはっ。まんまと引っかかったね、邪美」 紅孔雀桜子。邪美の妹分の一人で、邪未と同じく魔女の血を引く。魔獣召喚のスペシャリストで、性格は快活明朗。その性格プロフィールのままの笑みを浮かべながら姿を見せた。 「まさか、あんたが一枚かんでたとはねぇ……」 「ふふっ、邪美。アタシは表もあれば裏もある女なのよ。いつまでもあんたの味方じゃない……」 「……とか言いつつ、単に『面白そうだから』という理由で手を組んだわけじゃないわよね?」 「あはは、さすがは邪美。よくわかってるぅ~」 またも深いため息をつかざるを得ない邪美だった。 「そんなわけでぇ」 会話の徒切れをつかみ、華敏が再び口を開いた。 「桜子のアイデアを元に、この私が腕をふるって仕上げた当日のコスチュームよ! 御覧なさい!!」 そしてご丁寧に用意してあった幕カーテンをひっぺがし、その奥にあったコスチュームを披露した。 そこにあるのは、例のメイドドレス。 「…………あ、あの……華敏さん……。これはいったい……」 「何って、メイド服。せっかくメイドファイトとかいうタイトルがついてるわけだし、格好はメイドじゃないとね~」 「………………」 「喜びなさい、邪美。世界でも有数のデザイナーである私が、これだけに集中しデザイン、作成したわけなんだから! そんじょそこらのブランド物とは桁が違うわよ~。桁が」 「………………」 発する言葉もない。ただ邪美はその場にへたりこんでしまっていた。 そして1週間後の本日に時が戻る。 何のかんのと抵抗をし続けた邪美であったが、華敏と桜子の二人相手では口では勝てず、結局用意されたメイド服で来る羽目になったのである。 力づくで抵抗するなり、当日すっぽかすという選択肢もあったのだが、それをしなかったというより思いつかなかったあたり、邪美の生真面目さがうかがえるところだった。 「お、いるいる。きちんと着てきたな。よしよし」 そんな「もう死にたい」オーラが出まくってる邪美に、後から現れた華敏たちが声をかけた。 「さすが私がデザインした世界で一着のメイド服。よく似合ってるわよ~」 「うぉ、これは……。我が姉貴分ながら、破壊力あるなぁ。いろいろな意味で」 「……殺スゾ、二人トモ……」 満面の笑みを浮かべる華敏と、ちょっと引いている桜子。その二人に対し殺意を向ける邪美であった。 「ところで」 そこでふと邪美は口を開いた。 「大会ルールを読んでみると、この大会はご主人と呼ばれる人物と一緒に参戦しないといけないようだが……これはお前がするのか?」 「いいや。……それも考えたんだけどねー。私が主人役で出てもいいんだけど、その場合、あまり乗り気じゃないあんたが私を逆に攻撃して、早々に1回戦負けを目論むような気がしてさ」 「……考えもしなかったな。その手があったか」 「……あんたの生真面目さのおかげで、私は今も生きていけるんだと実感できたわよ……」 きょとんとして答える邪美に、何か自分の腹黒さを示されたようで釈然としない華敏。 だが気を取り直すと、後ろに隠すようにつれていた少女を前に差し出した。 「というわけで、この子がご主人様役をやってくれることになったから。この子なら、あんたも全力で守ろうという気になるだろ?」 「へ……蛇姫!?」 おずおずと姿を現したのは、ショートカットの繊細そうな美少女、鬼流院蛇姫だった。 桜子と同じ邪美の妹分にして、魔女の一人。魔弾を扱う彼女だが、実は心優しく、邪美に付き従う大人しい女の子である。 「まさか、蛇姫まで一枚かんでたとは……」 「ち、違うんです! お姉様!」 「そーだよ。蛇姫の名誉のために言っておくと、あんたと同じ手口でやられたようなもんだから、蛇姫は」 慌てて否定する蛇姫に、横から桜子がフォローを入れる。どうやら蛇姫も華敏と桜子の口車に乗せられたようなのだ。 「く……卑怯な、華敏! 桜子!」 「狡猾とお言い!」 「……いや、それもっと悪いから、華敏さんよ……」 「その突っ込みナイスよ、桜子。――というわけで、邪美、蛇姫。頑張りなさいね」 ひらひらと手を振る華敏。邪美はまたも盛大にため息をついた。 「まぁ、前のような世界の危機があるわけでなさそうだし、命の危険性はないと思うが……。しかしいいのか? 蛇姫。こんなものにつきあわされて」 「私は……確かに争いごとは嫌いですし、何よりお姉様にご迷惑をおかけするのは本心ではありません。ですが――」 「ですが?」 「――でもやっぱり、お姉様とまた一緒に戦える……それは少しだけ望みでもあるんです。一緒に喜びを分かち合いたい……こんなことを考えてるわがままな妹なんです。蛇姫は」 「……ふっ」 蛇姫の少し困惑しながらも、それでも少し喜びをにじませた言葉に、この日初めて、邪美は表情を崩した。 「相変わらず頑固だな、お前は」 そして彼女の頭を優しく撫でる。蛇姫は少し頬を紅潮させ、照れながらも優しげにはにかんだ。 「仕方ない。蛇姫がそう言うなら、つきあうさ。確かに悪くない」 「じゃ、話は決まりね」 そう言いながら、華敏は心の奥底でほくそ笑んだ。 ――やはり、この二人を組み合わせたのは最上の方法だったと。 我ながら、何か腹黒くなったような気もしない華敏であったが、今は気にしないようにした。きっと人間界に定住するようになったせいなのであろう。うん。 「よぉ~し、この勢いで優勝しろ! 伏魔殿邪美」 「……と、ちょっと待て、華敏」 勢いを殺ぐかのように、華敏の掛け声を遮って、邪美は前から抱いていた疑問を投げかけた。 「何でこの大会に参加しようとした? お前にとって、世界の勢力争いなぞ興味はあるまい?」 「ん~?」 「何故わざわざそんな小さな島国に力を貸そうとするのだ? 何か裏があるんじゃないのか?」 実は話を聞いたときから抱いていた疑問だった。その場で問い詰めようとしたのだが、あまりのショックと、さらにメイド服を見せられとどめとなり、茫然自失のあまり聞き損ねていたのだ。 「確かに政権には興味ないわね。私が興味があるのはこっちの方」 そう言って、華敏は大会ルールが載ってる冊子の一番最初のページのある文章を指差した。そこには「優勝した国家はそれから次回のMaid Fight開催までの4年間、国連の代表となると同時に、次回のMaid Fightの主催国となる」とあった。 「主催国になれば、ある程度のルールの改変もできそうじゃん。何せ国連の主導権を得るわけだし。そうすれば……あの大会をもう一度蘇らせることもできるってわけよ」 「まさか……華敏、お前!?」 「そう、ZFの復活……。第1回大会で白き闇が出てきたばかりに、すべてなくなってしまったあの大会を復活させることができるはず」 そう言って、華敏は寂しげな瞳を空に向けた。 「そしたら……また会えるかもしれないんだよ。私のオトモダチに……」 「華敏……」 複雑な過去を持つ華敏。その事情は邪美も知っている。 このとき初めて、邪美はどうしてここまで強引に華敏が事を進めたがるのか理解できた。 「ま、それに。また懐かしい顔にも会いたいじゃない?」 「――わかったよ、華敏」 照れ隠しに違う言葉を紡ぐ華敏に、邪美は真摯な瞳を向けた。 「どこまでできるかわからないが……行けるところまで行くさ。約束する」 「ああ、頼むよ。不敗の魔女、伏魔殿邪美」 華敏が右手を差し出した。邪美は少し笑みを漏らすと、ためらいもなくその手を叩く。お互いにパアンと鳴らした手の音が、蒼穹の空に響いた。 しばらく無言で見詰め合っていたが、邪美は背中を向けた。 「じゃ、受付を済ませてくる。しばらく待っててくれ。……行くぞ、蛇姫」 「あ、はい。お姉様!」 邪美は蛇姫を引き連れ、その場を立ち去っていく。 その後姿を見ながら―― (……というのは表向きの名目で。まぁ本心っちゃ本心なんだけど……。2割くらいはあんたのメイド姿を見たかっただけ……とか言ってたら、さすがに魔剣で殺されてたのかなぁ……) ……ふとこんなことを考えつつ、隠してたニヤニヤを口元に浮かべた華敏であった……。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ご主人様 鬼流院蛇姫 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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イギリス代表 アリス | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
可愛らしい少女が歩いていた。 年頃は・・・10歳前後か? 青を基調とした服の上に、真っ白いエプロンをかぶっている。 風が吹くたびに、服がひらひらと舞う。 手には体に不釣合いなほど、大きな傘を持っていた。 持っている・・・というより、まるで引きずっているかのようだ。 少女はあたりをキョロキョロとしながら、不安そうな表情を浮かべていた。 「・・・ご主人様、いったいどこにいかれたんですの?」 そんな、オロオロとしている少女に向かい、男の一段が近づいてきた。現代日本ではほぼ絶滅している、ヤンキーである。 「おじょーちゃん、何してるの?」 「へっへっへ、探し物かな?」 「ぐへへへへ、可愛いねぇ・・・ちょっとお兄ちゃんたちについてこないかい?」 なんということであろうか! この集団は、地元広島でも有名なロリコンヤンキー、「幼女愚連隊」の一員であったのだ! 少女はオロオロとしながら、ヤンキーたちに向かって笑顔を向けた。 「あのー、この側で、10歳くらいの男の子を見ませんでしたかぁ?」 「ぐへへへへ・・・男の子だって?」 「お兄ちゃんたちの息子ならたくさんいるよ・・・ぐへへへへ」 変態ヤンキーたちは笑いながら顔を近づけてきた。 少女の顔色が変わった。 恐れているのではない・・・表情が、無表情へと変わったのだ。 「・・・知らないなら、貴方たちに用はないですぅ」 「おじょーちゃんには無くても、こっちにはあるんだよゴラァ!」 「お兄ちゃんたちと、イケナい遊びをしようぜゴラァ!」 「・・・臭い息を近づけないで欲しいですぅ」 そういうと、少女は手にしていた傘を、そっとヤンキーのほうへと向けた。 瞬間。 閃光が走る。 「!?」 ヤンキーの時代遅れのリーゼントが、ぶすぶすと焦げ臭い匂いをあげて綺麗さっぱり消えていた。 驚くヤンキーたち。 少女は顔色も変えず言った。 「どいてくれるですか?」 ヤンキーたちは、おずおずと後ろに下がった。少女から漏れてくる得体の知れない殺気に、ヤンキーとしての本能が従ったのだ。 「な・・・なにもんだ、このアマ・・・」 ヤンキーの一人がそうつぶやいた時・・・ 「あ!」 突然、少女の顔が明るくきらめいたかと思うと、少女は一心不乱に駆け出し始めた。 傘を引きずりながら走っている。 傘が地面に当たるたび、閃光が走り、地面が黒くえぐられていくのだが、少女は気にもとめる様子がない。 「ご主人様~!」 少女の行く手に、一人の少年が立っていた。 半ズボンをはいた、金髪の少年。 目の色は青。聡明そうな顔立ちをしている。 少年は、笑顔を浮かべた。 「アリス!いったいどこにいっていたんだい?」 「迷子になられたご主人様を探していたんです~」 「・・・迷子になったのは君だろ?」 「どっちでもいいですぅ。こうして異国の地で出会えたということが大事なのですぅ!」 そういうと、アリス、と呼ばれた少女は少年に向かって飛びついた。 「痛いよ、アリス」 「もう離さないですぅ」 よしよし・・・という風に、年のそんなに離れているとは思えないアリスの顔を撫でると、少年は言った。 「もう迷子になるんじゃないよ。僕たちは、大事な用件でこの異国の地にきたんだからね」 「分かっていますですぅ」 アリスは頭をなでられながら、嬉しそうにいった。 「キャロル様のメイドであるこのアリスが、イギリスを代表して、他国の糞メイドたちを皆殺しにしてやるですぅ」 そして、笑った。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ご主人様 キャロル | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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ドイツ代表 ウィータ | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
予想以上の雑踏に、少女は困惑していた。 高校生くらいだろうか? 風に揺れる髪はショートカット。服装は割とラフで、一見どこにでもいる少女に見える。 だが、通りすがれば誰もが視線に入る少女だった。 日本人ではない顔立ち。それゆえに独特な美しさ、というか可愛らしさがある。西欧の美少女とか、安易なキャッチコピーをつけるならそうなるのかもしれない。 だが、それ以上に気を引くのが、彼女の移動手段。車椅子でこの雑踏をかきわけていることだった。 付き人も誰もいない。電動の車椅子なので移動するには不便はなさそうだが、人ごみが多い日本の都市を移動するには不都合と言えた。くわえて、慣れない異国の地、余計に彼女に負担を与えていた。 「ふぅ、やれやれ」 信号待ちになり、車椅子を止めて彼女はふとつぶやいた。話す言葉は割と流暢な日本語。西欧人なのに日本語を話せるとなると、少し違和感がある。 「久々に日本に来たけど……街中は相変わらず慣れへんなぁ」 ……関西弁が混じるとさらに違和感なのだが……。 彼女の名はソフィー。ドイツ生まれのドイツ育ち。生粋のドイツ人ではあるが、小学生の時に3年間ほど日本にいたことがある。幼い時ほど、言語を覚えやすいという教訓通り、彼女も覚えてしまったのだ。関西弁を。 小学校卒業と同時にドイツに戻ったわけだが、強烈なアクセントを持つこの言語を忘れることができずに今に至っている。 「そや、せっかく日本に来たわけやし、みんなとも会えへんかな? 3年ぶりなんやし」 ぽんと手を突いて、ソフィーは笑顔を浮かべる。 だが、その笑顔は苦笑に変わった。 「……あかんやろな。そんな暇はないぃ!って言われそうやし。はぁ……ウチは勝敗とか賞金とか興味あらへんのになぁ」 本来、ソフィーは戦いとかに興味はない。 ドイツ本国からの期待を受けて、日本に送り込まれたが、それは自分のメイドの戦闘力を買われての話だ。確かにソフィーのメイドの戦闘力の高さは凄いと思うが、彼女としてはメイドには普通の幸せを味わって欲しいと願っている。戦わせたくない。 しかし、もし優勝ができればソフィーの原因不明の病気を解明できるよう国が全力挙げてサポートするという条件を聞いたソフィーのメイドは、いちもにもなく引き受けてしまったのだ。 結局、背中を押される形で日本に来てしまった。 (ウチとしては、ゆっくり家でのんびり笑ってるほうが良かったんやけどなぁ……) そんなことをぼーっと考えていた時だった。 ガッ! 「……え?」 雑踏の中、誰かに背中を押された。普通なら少したたら踏む程度なのだが、車椅子の場合だと勢いがついてしまう。しかもこんな時に限って、ストッパーがかかってなかった。 車椅子ごと、交通量の激しい道路に押し出されるソフィー。そして運悪く迫るダンプカー。 誰もが息を呑む。間違いなく凄惨な事故現場を想像させた。 瞬間―― 「アイゼン!」 空中から、ハンマーのような武器を持った少女が現れた。赤を貴重としたゴスロリ風な服装をまとった小柄な少女は、三つ編み風に結んだツインテールを揺らしてソフィーの前に立ちはだかっていた。 「フォルムツヴァイ!!」 『Raketenform!』 彼女の怒鳴り声と同時に、彼女が持つハンマーが変形する。ハンマーヘッドの片方が噴射口のようなものに、その反対側がスパイクの形に模していく。 『Explosion!』 ハンマー自身がしゃべってるようなボイスを放ちながら、そのハンマーから弾丸の薬莢が飛び出していく。 そこまでの動作がすむと、少女はダンプカーに挑んだ。 「砕け! ラケーテンハンマー!!」 ハンマー投げの要領でぐるぐる回転し、勢いをつける。噴射口からの放射エネルギーも噴出し、力強いを回転を得たハンマーが迫るダンプカーに直撃した。 見た目とは裏腹な一撃に、ダンプカーは止まった。完全破砕の勢いがあったが、運転席だけ無事なのはこの少女の力量なのか。 どよめきが走る交差点。そんなことも気にせず、ハンマーを持った少女はすぐにソフィーに駆け寄った。 「ソフィー! 大丈夫か!? ソフィー!」 「ウィータ……。ありがと、助かったわ」 少し驚きながらも、ソフィーはその少女に礼を述べる。 しかし、周りの目に気づいたソフィーはすぐさま彼女の肩に手を乗せた。 「せやけどウィータ。もーちょっと目立たない助け方が嬉しかったかなぁ。運転手さんにも怪我はさせてないとは言え、迷惑かけたわけやし……」 「だけどソフィー……」 「あかん! きちんと謝らな! おいでウィータ」 「うぇー……」 警察も現れ騒然となったが、連絡を聞いたドイツ大使館の人たちがとりなしてくれたおかげで、面倒なことは避けられた。 ソフィーは自分のメイドでもあるウィータと一緒に、帰路についていた。 「でもまぁ、元々あれはウチが悪いわけやし……ごめんな、ウィータ」 「違うよソフィー。あれは周りが悪い! ソフィーは悪くないよ」 「気を遣ってもろて。……ほなら、帰りにおいしいご飯でも食べて帰ろか?」 「えー?」 ソフィーの提案に、彼女の車椅子を手押ししていたウィータは不満の声を上げた。 「何や? 不満なんか? 日本料理も悪くないで?」 「あたしは外食より、ソフィーのメシの方がいい! ソフィーのメシは、ギガウマだしなー」 「あはは。わかったわかった。じゃ、材料を買ってこなくちゃね。買い物、付き合ってくれる?」 「もちろん!」 ソフィーの笑顔を見ながら、ウィータも力強く頷いた。 しかし、その笑顔にどこか不安を感じるウィータ。 笑顔を振りまき、いつも元気な表情を見せるソフィー。しかし、彼女が持つ病気は徐々にひどくなっている。今では完全に下半身が麻痺して動かない状態だ。それゆえに車椅子での生活が強いられている。 このまま病気がひどくなれば、間違いなくソフィーは全身が麻痺して死んでしまう。それだけは避けなければならない。自分のマスターは、ソフィーだけなのだ。他の人間なんか考えられない。 絶望的な状況ゆえ、すがりつけるものはすがりつく。この戦いに勝てば、国が全力を挙げてソフィーを救ってくれるはず。そうなれば、ずっと大好きなソフィーと幸せに暮らせるはずなのだ。 そのためならば、非常にも徹する。必ず勝つ。 「そう……」 ソフィーに聞こえないよう、ウィータはぽつりと呟いた。 「鉄槌のメイド、ウィータと、鉄の翼『Flügel Eisen(フリューゲル・アイゼン)』の名にかけて……」 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ご主人様 ソフィー | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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日本代表 木ノ内美佳 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
私の名前は板倉陽一、外務省外局「Maid Fight Department(メイドファイト課)」通称「MFD」の職員だ。 国家の威信ならびに国益確保のために外務省が動いた結果、秘密裏に作られた外局 それが「MFD」だ すでに一般公募で日本代表が決まっている今、当局としても適格者を至急、選定し。再度の優勝を確固たるものとせよ!・・・それが私の任務だ。 とはいえそうそう適格者などいるわけも無い。 当ても無いままに、渋谷の町を歩いていると、 「お嬢ちゃ~ん、下着姿を撮影させてくれたら、お小遣いあげちゃうよぉ~」 児童ポルノの勧誘だろうか、見たところ中学生らしき少女(この時はそうとしか思えなかった)にスカウトらしき男が声をかけていた。 ショートカットの黒髪に黒目がちな大きな目、長年の私のキャリアから推定して身長145~150 体重38~43 スリーサイズは上から80 60 81だろうか? 確かにあの手のビデオなら飛びつくだろうなぁと思われる色白で無邪気そうな少女だ。 男がニコニコと愛想を振りまいていると・・・ 「年端も行かぬ少女に欲情する変態めっ!」 と見事なフォームでの正拳突き 崩れ落ちるスカウト、まてまてその手の業者は裏に怖いお兄さん方が一杯いるもんだぞ・・・ 仕方なく 「何してる、逃げろ!」 それだけを言って彼女の手を引いて逃げたのが始まりだった。 逃げ込んだ先はMFDが定時連絡などに使ってる喫茶店、もちろんマスター・ウェイトレスも職員だ。ここまでくれば当面トラブルは避けられるだろう。 まてよ、格闘技経験あり、ルックスOK(むしろマニアうけの類だろうか)適格者だろうか? そんなことを考えながら彼女の身の上を聞いてみることにした。 「おっちゃん、ありがとうねぇ」 そういった後、彼女になんであんなことになったのかと問うと 「あ~いやね、普段から中学生と間違われて、あの手のヤツから声かけられるんだけどさ、昨日、仕事でイヤなことがあってムシャクシャしてたものだから、つい♪」 まて・・・仕事?つい? 「そういえば自己紹介してなかったね、ボクはこういうものだ」 カモフラージュに使っている架空の商社の名前入り名刺を手渡した 「あ、ご丁寧にどうも、わたしはね・・・」 名刺には某外資系企業の名前と「秘書室 木ノ内 美佳」と書かれていた まて・・・こいつ何歳だ? 「あ~木ノ内さんとおっしゃる・・・え~と唐突な質問で悪いが年齢は?」 「・・・24だけど」 「24は有り得ないだろ!」とノド元まで出掛かったセリフを飲み込み 「そうですか、では秘書さんでらっしゃる?」 「うん、会社では東南アジア営業部部長の担当してるよぉ~」 「えーと、お仕事中はそんな口調ではないんですよね?」 (ガラリと口調を変えて)「ええ、もちろんですとも、そうでなくっては秘書など出来ません」 色々と世間話を交えつつ、そろそろ先ほどの騒ぎも収まっただろうな、と思って表通りに出ると 「このガキィ~見つけたぞぉ」 と本性丸出しのスカウト男とそのバックの組織の男たち。 仕方ない・・・騒ぎにはしたくなかったが、ここで見捨てるのも憚られか。 そう思い構えを直しつつ倒す覚悟を決めると 「じいちゃんの教えその1! ケンカは先手必勝!」 周りの一般人が逃げる中、我々を包囲する男どもの1人に電光石火の前蹴りを放つ彼女。 ん?少し彼女の戦闘力を見てみるか・・・そう思い構えた手を下ろした。 右手後方から殴りかかる男に低い背をさらに沈めて肘うちを鳩尾に放つ彼女 休ませる暇を与えるものかと左手前方から向かってくる男に再び前蹴り、と同時に左後方から男が1人。 「左後方8時から一人!」 その指示が聞こえたかどうかも定かでないままに振り出した前蹴りの足を回しつつ回し蹴りを後ろから来た男の側頭部に当てる。 あの背で当てるんだからジャンプしてるのは言わずもがな・・・ このとき適格者だと判断した私は彼女をMF出場者としてMFDで再教育することを決めた。 「ん~Maid Fight? 出場してもいいけどさぁ、わたし、何か得するの?」 「MFDの予算からMFD所属選手は参加賞金・並びに優勝した場合の特別ボーナスが支給されることが決定してるんだ」 「そっかぁ~んじゃ出てみるよ、うちのじいちゃんが『他人に使われるな!国家の犬になるな!』とか言ってたけどさ、自分の会社作るにも資金いるしね、今回だけは使われてあげるよ、おっちゃん」 「分かったよろしく頼むよ。それから後々詳しく説明することになるが『メイド』と『ご主人様』の2人一組で出場することになる、その際、キミが『メイド』で私がスカウトしてきた立場上『ご主人様』の役をやることになる、構わないかね?」 「うん、分かったよ、おっちゃん!」 「くれぐれも公式の場では『ご主人様』で頼むよ、木ノ内くん」 (営業風に口調を変え)「わかりました、『ご主人様』」 こうして彼女と私のMFが始まったのだった。 MFD本部に木ノ内くんを連れて私は最終面接官たちのいる部屋へと向かった。 「履歴書は持ってきてくれたかな?」 およその報告はしておいたのだが、上はそれでは納得いかなかったらしい。 面接官の1人が話を切り出した 「木ノ内美佳さんですね、現在秘書さんとして働かれているそうですが、当局としてはメイドとして参加することが可能なのでしょうか?」 「はい、お渡しした履歴書にも詳しく書いてあるとは思いますが、一応、調理師・管理栄養士の資格も持っておりますので、メイドとして参加するだけの嗜みはあると自負しておりますけれども」 お・・・流石に今日は営業用の言葉遣いか。 さらに面接官 「それから単なるメイドを当局では必要としておりません。そちらの板倉から報告はもらっておりますが、何らかの格技経験をお持ちでしょうか?」 「ええ、育て親代わりの祖父より幼い頃から剣術は示現流、空手は琉球空手を一通り習っております(にっこりと満面の笑み)」 そこまで聴取してこそこそと話合う面接官5人、ボソボソ声だが静かなこの空間では部屋の反対側にいる私にまで聞こえてしまう。 「技能的に問題はなさそうですね」 「少々、背の低すぎるのが難点でしょうか?」 「私としては若干、幼児体型にすぎるとさえ思う・・・」 「いやしかし、ロリータ萌えがグローバル化される昨今・・・」 彼女のMF参加資格をルックス面から嘆いているようだが、この際、優勝を狙えるかどうかが大事なのではないだろうか? そんなことを思っていると、面接官の明け透けな論議が腹に据えかねたのだろう・・・おもむろに立ち上がり驚くばかりの怒りのオーラを放ち 「ったく!善良な一市民が協力してやろうかってのに、やれ『幼児体型』だの『ロリータ』だの!あんたら全員半殺しにして帰ってもいいんだからね!」 数分後、無事に、いや奇跡的に本採用が決定し彼女と私は部屋を後にした。 「しかし良く我慢したなぁ、木ノ内くん」 「いや~仏の顔も三度までっていうし、私だって初対面の人をいきなり半殺しにする趣味はないよぉ~。それにさぁ何だかんだ言っておっちゃんも必死に私を推薦してくれたしさぁ。恩には報いないとね♪」 「ありがとう・・・それからくれぐれも公式にはボクのことを『ご主人様』と呼ぶことを忘れないでくれよ」 「だいじょ~ぶ、まかせて~」 さて今日からまた忙しくなりそうだ。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ご主人様 板倉陽一 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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アメリカ代表 キャサリン | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
足音だけが、響いていた。 こつん・・・こつん・・・こつん。 独特のひんやりとした空気が重苦しい。 「慣れるものではないな」 その男、マイケルはそうつぶやくと、あたりを見渡した。薄暗くなった照明の向こう側で、低いうめき声とも嘆き声とも判別のつかない声が聞こえてくる。 「無視してください。これがやつらの手なのですから」 マイケルの前を歩いていた男はそう言うと、手にしていた鞭を鳴らした。ひゅっという音と共に、うめき声は消えていった。 「所詮、それだけのものなのです」 「・・・人間扱いではないな」 「人間、ですって?」 男は驚いた表情を浮かべると、さも嬉しそうにくっくっくと喉を鳴らした。 「奴らに人権などないですよ・・・」 そして、ニヤリとした顔をマイケルに向ける。 「犯罪者どもにはね」 maid fight 他国を圧倒する軍事力を持つこのアメリカ合衆国が、ことmaid fightにおいては一度の優勝の経験を持てずにいた。力はあるのに、それを生かしきることができない。 屈辱以外の、なにものでもない。 アメリカの、アメリカによる、アメリカのための統治。 世界はそれを望んでおり・・・それをするのが、正義なのである。 負けるわけにはいかない。今度こそ。今度こそ。 maid fightの優勝を国策の最優先事項としたホワイトハウスが、その総力を結集して分析した結果・・・アメリカ最強のメイドは、ここ特殊秘密海底牢獄の中にいることが分かった。 「しかし」 大統領から辞令を受けたマイケルは、それでも湧き上がってくる反論を抑えることができなかった。 「犯罪者などをアメリカの代表とするなど・・・許されるわけがありません」 「マイケル君」 親の七光りで大統領となった目の前の小柄な男は、国民の前でいつも見せているアホのようなえへら顔を浮かべると、いった。 「大事なのは、優勝することだ。それ以外のことは些細なことだ」 「しかし・・・」 「我が国が!」 手にしていた葉巻を灰皿に押し付ける。焼け焦げた匂いがした。 「このアメリカが!世界を牛耳れないなど!あってはならんことだ!」 「大統領・・・」 「君に選択肢はない」 大統領は爬虫類的な笑顔を浮かべた。顔は笑っているが、目は笑っていない。こちらが本性なのだろうな・・・マイケルはそう思い、覚悟を決めた。 「了解いたしました」 「よろしい」 誇りはどこにある・・・いや、この国に生まれた時点で、誇りなど力の前に消えていったのかもしれないな・・・ 「つきました」 マイケルは物思いから現実に戻された。 今、彼がいるのは、光り輝くホワイトハウスの一室ではなく、海面から200メートルも離れた深い深い海の底につくられた刑務所の中なのだ。 「ここに・・・キャサリンがいます」 先ほどまでの余裕が、男にはない。 この刑務所を我が物顔にしている男のはずが、どうしてだろうか? 当然の疑問を、マイケルはした。 「質問がある」 「はい」 「君の態度が、先ほどまでとは違うようなのだが」 「当たり前です」 男は、目に見えて分かる冷や汗を流した。 「懲役250年」 手にしたデータファイルを見て、マイケルはいった。 「確かに、このキャサリンは極悪犯だ。殺人・強盗・列車強奪・銀行襲撃・・・全ての刑期をあわせて250年ということだが、合衆国のためにも、この女は電気イス送りにするべきだろう・・・このmaid fightさえなければ、今すぐにでもおくってやりたいものだな・・・」 「エフッ・・・エフッ・・・」 「どうした?」 「あなたは何も分かってはおられない」 突然、奇妙な笑い声をあげた男に対し、マイケルは怪訝な顔をした。自分はホワイトハウスからじきじきにやってきたエリートだ。なのにこの男は・・・ 「あなたは、ここをどこだと思っておられますか?」 「・・・刑務所だろう」 「確かに」 目の前に鋼鉄製の扉がある。その端には、ちょうど食事を差し入れるための穴があいている。中から漂ってくるのは・・・瘴気、とでもいえる感覚だろうか?どろりとした空気が独房の中から漏れ出してきている。 「刑務所は、犯罪者を収監する場所です。それは間違いない・・・ですが、質問です」 「なんだ?」 「あのキャサリンを・・・いったい、誰が閉じ込めることができるというのです?」 質問の意味が分からない。 しかし、男の表情は真剣そのものだった。 扉が、重く大きく、目の前にそびえたっている。 「この扉」 男は、懐から鍵を取り出した。 「マグナムでも、バズーカでも、あけることの出来ない鋼鉄製の扉・・・この扉は、キャサリンを閉じ込める扉ではありません」 カチャリ、と音がする。 「我々を・・・守っているのですよ・・・彼女からね」 扉が開いた。 「キャサリン、入ります」 「・・・許可する」 地獄の底からの声か? マイケルは、生まれて初めて背筋が凍りつくのを感じていた。 なんなのだ?これは、いったい、なんなのだ? 独房の中には、一人の女性が横たわっていた。 女性・・・といっていいのだろうか? 手は後ろで拘束され、足は革のベルトで閉じられている。そして足首にはボーリングの玉よりも大きな鉄の塊がくくりつけられており、これでは立つことも動くこともできないはずだ。 それが、なぜだろう? この装備全てが・・・彼女を・・・拘束しているようには・・・見えないのだ。 「ようこそ、アタシの部屋へ・・・」 横たわったままのキャサリンが、いった。信じられないことを、いった。 「マイケル」 「どうしてっ!」 マイケルは後ずさった。背中に鉄の扉が触れる。その冷たさが、金属の無慈悲な温度が、彼に思考時間を与えた。 「私の名前を知っている!」 「当たり前です」 男が、ひざまずいた。 これが、犯罪者にとる態度か? まるで、臣下が女王にとるべき態度ではないか。 「キャサリンが・・・知らぬことは・・・この世のどこにもありません」 「始まるようだねぇ」 そして、キャサリンが・・・立ち上がった。 全ての拘束具を身につけたまま、まるで何事もなかったかのように、立ち上がったのだ。 (でかい・・・) マイケルは、息を呑んだ。彼も、大きい方である。身長は優に180センチを超えている。しかしその彼が、見上げなければ彼女を見ることが出来ないのだ。 (2メートル・・・いや・・・2メートル10はあるのか・・・) ぶちぶちぶち・・・ まるで麻布を切り裂くかのように、全ての拘束具が外れていく。 鍵も、何も使ってはいない。 純粋に、力・・・筋力だけで、引き裂かれていっているのだ。 「maid fihgt・・・楽しみだ」 首を鳴らす。 金髪の髪の毛が、ふさっとゆれた・・・ 「囚人686号・・・キャサリン・・・汝の250年の懲役を・・・」 「そんなことはどうでもいい」 キャサリンはにやりと微笑んだ。そして手を差し出す。 男が、用意していた極上の葉巻を差し出した。 (大統領が・・・使っていた葉巻と・・・同じ・・・) ぼぅっと、そのような事を考える。キャサリンは一気に息を吸い込んだ。一瞬にして、葉巻が一本まるごと消し炭に変わる。脅威の肺活量だ。 「懲役?ははん」 消し炭を差し出す。男は素手でそれを受け止めた。 「誰が?アタシに?どうやって?」 そういうと、つかつかと歩き、マイケルの隣に立った。それだけで、空気が変わる。色が捻じ曲がる。キャサリンは手を伸ばすと、独房をしきっていた鋼鉄の扉に手をかけた。 「出るよ」 すると・・・鋼鉄の扉が・・・まるで飴細工のように、ぐにゃりと曲がってちぎれ落ちた。 (我々を・・・守っているのですよ・・・彼女からね・・・) 先ほどの、男の声が頭の中をリフレインする。この女は、出ようとすればいつでも外に出ることができなた。それをしなかったのは、ただ単に、彼女に「出る気がなかった」、それだけのことなのだ。 「おい」 キャサリンが振り向いた。 「ちょっと・・・こっちへきな」 視線の先にいたのは、マイケルではなかった。 男が、まるで夢遊病患者のように、ふらふらと立ち上がるとキャサリンの側まで歩いてきた。 「まずい葉巻だった」 「申し訳ございません」 「大統領が、こんなチンケな葉巻を吸っているのは許せる。しかし、アタシがこんなチンケな葉巻を吸うことは許せない」 「申し訳ございません」 「頭を出しなさい」 「はい」 男は、ゆっくりと、頭を差し出した。 キャサリンはその巨大な手で、男の頭をわしづかみにした。片手だけで、男の体が持ち上がる。 「罰を与える」 「はい」 「死になさい」 「分かりました・・・キャサリン様」 その瞬間。 まるでトマトのように、男の頭がはぜた。 男の血肉が飛び散り、マイケルの頬にあたる。 どろりとした肉塊が頬を伝って落ちていき、はじめてマイケルは正気に戻った。 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 「うるさいねぇ」 キャサリンが顔を近づける。 血の匂いがする。 先ほど生まれたばかりの、新しい血の匂い。 「マイケル、アンタは私のご主人様になるんだろう?maid fightのために。ならこれしきのことでわめくんじゃないよ・・・すぐに慣れるからさぁ」 そして、笑った。 「楽しいねぇ・・・久々に楽しいねぇ」 血の匂いと共に外の世界へと歩き始めたキャサリンの後ろ姿を見て、マイケルは思った。 「悪・・・純粋な、悪」 ごくりと、唾を飲み込む。 勝利が、合衆国のため。全てはそのためにある。 しかし。 「彼女を・・・外に出して・・・いいのか・・・」 ゲフリ。 頭を失った男の死体が、音を立てて崩れていった。 日本。広島。 maid fightが開催されるこの地に、二人の人物が降り立っていた。 アメリカ代表「キャサリン」と、その(名目上の)ご主人様、「マイケル」である。 「ここが日本か……小さな国だねぇ」 (アナタに比べたら、どんな国でも小さいだろうに……) 傍らに立つ2メートルを超える巨大な女をちらりと見ると、マイケルはそっと心の中でつぶやいた。 「マイケル」 「はいっ」 ぽんと頭の上に手を乗せられ、マイケルは反射的に背筋を伸ばす。 「あんたの代わりはいくらでもいるんだよ。下手なことは考えない方がいい」 「……申し訳ございません、キャサリン様」 「まぁいい」 それだけ言うと、キャサリンは先に歩き始めた。高密度の筋肉がダイヤモンドのように結束したその背中を見て、マイケルは大きなため息をついた。 そして、つい数日前を思い出す。 キャサリンとマイケルは、軍用の戦闘機に乗ってこの日本にやってきた。その全てがフリーパスであった。 戦闘機が、空母が、軍隊が、アメリカが、このたった独りの女の前にひれ伏しているのだ。 今までエリート街道をすすんでいたマイケルにとって、それは信じられない光景であった。 突然、目の前を歩いていたキャサリンが立ち止まった。鼻をくんくんとひくつかせると、ニタリと動物的な笑みを浮かべた。 「いい匂いがするねぇ。アタシの大好きな匂いだ」 建物がある。 そこには 「広域指定暴力団『松山組』広島支部」 と看板がかけられていた。 「いくよ」 何の迷いもなく、まるで自らの家に入るかのような気軽さで、キャサリンは扉を開けた。 (ヤクザ……ジャパニーズ・マフィア……) おっかなびっくり、マイケルはキャサリンの後ろをついていく。 この地では、マイケルの肩書きがなんの効力も持たない。ただの一個人となる。 キャサリンもそれは同じはずなのだが……この女の圧倒的な「自らを信じる心」の前には、肩書きなどなんの意味もないのであろう。 「なんだてめえは!」 事務所の中には、十数人のヤクザがたむろっていた。 その全員の視線が、いっせいにキャサリンに集まる。 「遊びに来ただけさ」 そういうと、キャサリンは部屋を見渡した。 部屋の中心に、全自動の麻雀卓が置いてある。 「ふふん、いいものがあるじゃないか」 それだけ言うと、キャサリンは卓に座っていった。 「お兄さん達、アタシとこれで遊ぼうじゃないか……」 「なんだと?この女!」 「いいから」 ゆっくりと、重苦しい声で、キャサリンはいった。 「座りな」 「……くっ」 ヤクザ故の、危機察知能力であろうか。ヤクザたちは素直に卓についた。 「無論、無料とはいわない」 キャサリンは指を鳴らした。その意図を読み取ったマイケルは、渋々ながら、一枚のカードをとりだした。 それは、黒いカードだった。 「アメックスの、ブラックカードさ。上限金額はなしだ……買いたけりゃジェット機だって買える」 (いったいどうやって手に入れたんだ……いや、もうキャサリンについて考えるのはやめよう。こちらの気が持たなくなる) ヤクザたちの反応は分かりやすかった。普段任侠を気取ってはいても、所詮は金で動く連中なのだ。 「文句はないね」 「あぁ……後悔させてやるぜ」 こうして、キャサリンとヤクザとの麻雀勝負が始まった。 展開は一方的であった。いくらキャサリンとはいえ、1対3ではろくにあがらせてもらうことすら出来ない。 東場が終わった時点で、キャサリンはダントツのラスであったのだ。 (……しかし、楽しそうだな) 当初は、もしも直撃でもされたら暴れ出すのではないかと危惧していたマイケルであったが、どうやらその心配はなさそうであった。 (まぁ、この女にとって金などあってもなくても変わらないのかもしれないが……) キャサリンは、純粋に勝負を楽しんでいるようだった。 場に少し、弛緩した空気が流れる。 そして。 それはおこった。 「悪いな、そいつはロンだ」 キャサリンが切った『三筒』の牌を指差し、ヤクザが牌を倒したのだ。 (馬鹿な……) 傍らで見ていたマイケルが息を呑んだ。 (その牌は、数巡前、ヤクザ自らが切っていたはず……) 捨て牌に目を凝らす。 (……無い) 確かに切っていた牌が、いつの間にかなくなっていた。 (イカサマだ……) マイケルがそう言おうとした時、 「証拠はないわなぁ。気づかないお前が間抜けなのよ……」 ヤクザが笑った。 普段暴力を背景として、無理を自由に通している者特有の笑みだ。 「アタシは」 キャサリンがいった。 「自分で決めたルールは守る。例えば今度のmaid fightも、ご主人様が必要というルールだからそれを守るし、メイド服を着ろというなら、それも守ろう」 そして鼻をふふんと鳴らすと、いった。 「それを先に破ったのはあんたらだからね……」 「何をグダグダいってやがる!さっさとサイを振りな!お前の親だぜ!最後のな!ぐへへ!」 キャサリンの声をさえぎり、ヤクザが叫んだ。そうだそうだと、周りのヤクザもはやし立てる。 (血の雨が降る!) 惨劇を予想し、思わず目を閉じるマイケル。 しかし。 意外なことに、キャサリンは何も言わずにサイを振り、牌を並べ始めていた。 「ひゃひゃひゃ……怖けりゃ帰ってもいいんだぜ!」 勝利を確信し、騒ぎ立てるヤクザたち。しかしキャサリンは何も答えず、ただ黙々とツモを繰り返していた。 秘めた怒りからなのか、そのツモる手が少しぶるぶると震えていた。 「小便もらすかい、外人さん~」 「リーチ」 キャサリンが、牌を横にした。 一瞬、場が固まる。 しかしヤクザは気を取り直すと、 「無駄なあがきを……はは、安牌だ」 といって『白』を切った。 「ロン、一発」 キャサリンがいった。 ヤクザのこめかみが動いた。 「アホかお前?四枚目の白だぞ?まさか国士とかいうんじゃないだろうな……」 「トリプル」 キャサリンはそういうと、手牌を倒した。 そこには……13枚の『白』が列んでいた。 「字一色四暗刻単軌、親の三倍役満は14万4千点、アンタのトビだね」 「この糞女!イカサマしやがったな!『白』が13枚もあるじゃねぇか!」 「心外だねぇ……」 「見せてみろ!」 ヤクザはキャサリンの手牌から牌を奪い取り……そして牌をみて血の気をひかせた。 「この牌……」 そして、ごくりと唾を飲み込む。 「表面が、凄い力で削られている!」 「あたり」 そういうと、キャサリンはヤクザの頭を掴んだ。 「アタシの握力は、強すぎて測定器じゃ計れないんだよ……」 そして、力を込めた。 ヤクザの頭が弾け飛ぶ。 「よくも兄貴を!許さねぇ!殺してやる!」 ヤクザの言葉を無視すると、キャサリンはまさに文字通りの暴風雨となった。 椅子から飛び上がり、鬼神の如き形相で暴れまくる。 キャサリンがその丸太のような腕を動かすたび、ヤクザたちは吹き飛び、壁に打ち付けられ、動かなくなっていった。 事務所にいたヤクザが全てもの言わぬ肉塊になるまで、おそらく十秒とかからなかったであろう。 あまりの事に呆然としているマイケルを見ると、血まみれの指をぺろりと舐めて、キャサリンはいった。 「『殺してやる』・・・アタシにとって、そんな言葉は 使う必要はないね。なぜならアタシがその言葉を頭の中に思い浮かべた時には・・・実際に相手を殺っちまって、もうすでに終わってるからだよ・・・」 マイケルは恐怖のあまり動くことが出来なかった。目の前の女は・・・本当に自分と同じ人間なのだろうか?とてもそう思うことができない。 ヤクザたちはうめき声すらあげない。完全に壊れていた。キャサリンは横たわるヤクザの死体を踏みつけると、いった。 「マイケル・・・アタシのことが、『言葉』ではなく、『心』で理解できたかい?」 震えながら、マイケルは首を縦にふった。一つだけ分かったことがある・・・この女に、逆らってはいけない。 「よろしい・・・maid fightが終わるまでは、アタシのいう事をちゃんと聞いていたら、アンタを殺さないでいてあげるよ・・・」 風が吹き、血の匂いを運んできていた。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ご主人様 マイケル | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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イタリア代表 ルーシア |
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国の代表を決めるMaidFightイタリア予選。決勝戦に残った二人のメイドが激しい戦いを繰り広げていた。 相手は幼い。まだ10歳にもなってないのではないだろうか。はっきり言って戦い方も稚拙。よくこんな技量で決勝まで登りつめたものだ。そう思いながら、リーザは手にしたレイピアを構える。 だが、情けは無用。戦場において、情けは自分の命を奪うもの……そう瞬間的に思考すると、リーザはレイピアを繰り出した。その一撃で相手のメイドは主人であろう男性の前まで転がっていく。 このメイドにもう戦闘力はあるまい。確かルーシアとか言ったか。この技量では世界の舞台に立ったところでひどい目にあうだけだ。そこで大人しくしていてほしい……リーザはそう考えながら、レイピアを男性に向けた。 「勝負ありね。大人しく負けを認めなさい!」 キッと鋭い視線を向けて、その男性に告げる。 ルーシアの主人であるその男性は、フランス式の軍服に身をまとった、中年男性だった。オールバックに髪をまとめ、腕組みをしたまま身動きをしなかったその男は、初めて動くとルーシアの前に立ちはだかった。 「あきらめたようね。その方がいいわ」 メイドの前に立ったということは、勝負をあきらめたのだろう。後は彼の胸にさしてあるバラを落とすだけ。 「……?」 しかし違和感。彼はまるで自分のことを見ていない。追い詰められているはずだし、何より負けは確定的なのに、どうしてそこまで余裕の表情でたっていられるのか? リーザにはそれが分からなかった。 リーザの疑問も気にせず、ルーシアはゆっくりと彼の軍服をつかみながら立ち上がった。 「も、申し訳ございません、ご主人様……」 「ふ……問題ない。すべては計算どおりだ。後はいつものように、後ろに下がっておれ」 「はい、ありがとうございます。ご主人様」 こくりとひとつ頷くと、ルーシアは彼の後ろに下がった。闘技場の上には彼のみ。 「あきらめた……わけじゃないの?」 意味深な彼の自信を不審を感じ、リーザは尋ねてみた。 「何をだね? ビューティフルガール」 「この戦いを、よ。大人しく胸にある薔薇を差し出しなさい。そうすれば、無意味にあなたを傷つけなくてすむ」 「ふむ、これか……」 彼は胸に刺してある赤い薔薇を手に取った。 この薔薇を落とされることで勝敗が決する。それがMFのルール。 「ならばこうしよう」 男は薔薇の赤い花びらで自らの髭をさすりながら、優雅に微笑んだ。 「この薔薇を空中に今から投げる。君がそれを手に取れば勝ち。もちろん、我輩が手に取れず地に落ちても君の勝ち。……いかがかな?」 「はぁ?」 「ルールには従っているはずだし、問題は無いはずだが?」 男の表情から余裕の二文字が消えない。圧倒的不利なのは彼の方なのに、どうしてさらにこんな不利な条件を提示してくるのか? リーザにはその真意がわからなかった。 (恐らく……この主人もある程度は戦えるというところ? メイドと二人で共闘で勝ちあがってきたところか) 深くレイピアを身構えるリーザ。 (だがこのリーザを舐めてもらっては困る!) 「いいわ。1秒で決めてあげる」 「1秒か……よかろう」 男はニヤリと笑うと、即座に天高くに赤薔薇を放った。それに反応して、リーザはその薔薇めがけてレイピアをむける。 「……ルーシア、我輩を讃えよ!」 「はい、ご主人様!!」 男の言葉に、ルーシアは頷くといきなり彼を題材にした歌を歌いだした。 年相応の歌声ながらも、かなりの美声であたり一面に響き渡る。神秘的かつ幻想的な歌声がリーザにも男にも届く。 「何のマネかわからな……なっ!?」 刹那、リーザは信じられなかった。 スピードには自信がある彼女が、まるで男の動きについていけない。気がつくと男の手刀が一閃し、レイピアを叩き割っていた。それだけではない。自分の身体も闘技場に叩きつけられていており、次の瞬間には自分の主人の薔薇すら落とされていた。 「1秒では遅かったな」 それらの行動をすべて済ませると、何事もなかったように、男は元にいた場所にたたずんでいた。先ほどと同じポーズで。 「せめて、0.1秒くらいでないと」 ゆっくりと男の赤薔薇が落ちてくる。男は静かに右手でそれを手に取ると、魅せる流し目を会場に向けて、静かに次げた。 「……我輩で萌えてくれたまえ」 こうして、イタリア代表は決定した。 イタリア代表のメイドはルーシア。そしてその主人の名は……モナムールスキー。 大会が住み、控え室にモナムールスキーとルーシアは戻っていた。 「申し訳ございません、ご主人様。最後までご主人様のお手を煩わせてしまって……」 開口一番、ルーシアが頭を下げる。 「問題ない。観客が望むのは、我輩の萌える姿だ。君の可憐な姿を見たい男性諸君も大勢いるとは思うが、すべての観客のニーズにこたえるのが我輩の務めだからな」 「さすがです、ご主人様!」 「うむ。それでは我輩はマスコミの相手をしてくる。ルーシア、君はしばらく休んでいるがいい」 「はいっ! ありがとうございます、ご主人様!」 にっこり笑うルーシアに、ダンディな笑みを浮かべたモナムールスキーは部屋から出て行く。 ルーシアは彼が出て行くのを見送ると、ひとつ息を吐いて近くにあった椅子に座る。 「……何はともあれ、とりあえず第1段階はクリア、ね」 声質が変わった。今までの年相応の少女の声ではなく、どこか妖艶な女性の声。 雰囲気もがらりと変わっていた。姿は今までと同じく幼い少女の容姿なのだが、どこか大人の雰囲気をオーラで見せていた。 「……そこにいるんでしょ? セヴァ=ス」 「は……」 ひとつ息をついてからそう告げると、壁際にいつの間にかいた執事服姿の初老の男性が姿を見せた。 「まずはお疲れ様でした、お嬢様」 「ええ。疲れたわ、弱い演技を見せるっていうのは」 すっとセヴァが差し出してきた紅茶を受け取って、ふと自嘲気味に笑うルーシア。 「でも使えるものは使わないともったいないし」 「さすがでございます」 メイドに仕える執事というのも変な話だが、元々ルーシアはメイドではない。かといって、当然モナムールスキーの主人と言うわけでもない。世間的にはルーシアもセヴァもモナムールスキーに仕える者。 だが真実の姿は誰も知らない。モナムールスキーですら。 彼らの正体は明確には表現できない。神とも使徒とも、闇の眷属とも魔族とも人間界では言われているようだが、その根源は誰もわからない。光とも闇とも区分けできない、別次元の存在。 「あのような人間ごときに、あそこまで従うお嬢様の度量の広さは、このセヴァ=ス、感服しております」 「仕方ないでしょ? アレしか使えないんだから。……というか、ひょっとして遠まわしにバカにしてる?」 「滅相も無い」 表情ひとつかえず、セヴァは答える。いつもの対応なので、ルーシア自身も気にも留めないが。 「まぁいいわ」 ルーシアはティーカップを机の上に置くと、入り口の方に目を向ける。 「あたしの力……インフィニティリリック。それを受け止めることができるのはヤツしかいない」 インフィニティリリック……無限の歌詞と呼ばれるその力は、対象となった人物の肉体限界を突破させて、人外の戦士にさせる能力を持つ。人間界に直接干渉ができない彼女たちにとって、こういう手段を用いることでこの戦いに参戦できることになる。 だが問題があった。人間のひ弱な肉体と精神力では、この歌詞を受けるだけで間違いなく精神崩壊や肉体崩壊を起こし、使い物にならなくなる。強靭な肉体や精神を持つと呼ばれる人間ですら、1回戦えば壊れてしまうのだ。連戦を余儀なくされるこの戦いにおいて、それでは役に立たない。 そこで出会ったのが、モナムールスキーだった。彼に対しては何度かインフィニティリリックを使用しても、まったく壊れる気配が無い。充分に活用し、立派な手ごまになってくれる。こんな人間など見たことなかった。 だがそんな確率など60億分の1。使えるものなら使わなければ。 「しょせん、家畜は家畜だがな」 「左様で」 「最後まで持ってもらえば問題は無い。この国はすでに手中だ。直接干渉できないギアスがある限り、実力行使ができない以上、遠回りにならざるを得ないのは理解している」 ルーシア達の目的は人間界の手中。ただ単に世界制覇という陳腐なものではない。この後に起こる事態に備えての、いわば保険。 「そのためにも、もうしばしお前にも働いてもらうぞ? セヴァ=ス」 「は……。それでは私はこのあたりで」 ひとつ深々と頷くと、セヴァは虚空へと消えていく。その様に視線すら送ることなく、ルーシアはつぶやく。 「まぁ……お前とて味方か否か、計り知れないんだがな。それも一興」 ティーカップを握りつぶすルーシア。その幼い容姿にはにつかわない笑みを浮かべる。 「だが、最終的にはあたしの掌の上。踊ってもらうわよ?」 |
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ご主人様 モナムールスキー |
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台湾代表 鄭慶花 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「こんにちは。アタシ鄭慶花。17歳よ。でもね、ただのセブンティーンじゃないわ。だって、永遠の17歳だもの。ウフッ」(※1) 「身長158、体重はヒ・ミ・ツ。あと、スリーサイズは上から89・57・85、ど~ぉ?」(※2) 「アタシね、今度Maid Fightにね出ちゃうの。世界の男の目はアタシに釘付け~♪そうだったらいいなぁ~♪アタシ、頑張っちゃうんだから!」(※3) 「でも、アタシ、他のメイドさんみたいに力もないし~、頭もよくないの。どうしよう?このナイスバディなら誰にも負けないのに」(※4) 「ねぇ、どうしよ~?ご主人様ぁ~?」(※5) 「ところで、アタシのご主人様は、趙文といって、台湾では有名なアーティストよ。ロックをやってるの。すごいでしょ!女の子にはモテモテだし、男の子もご主人様のファッションを真似するし、~ん!ご主人様ぁー!カッコイイー!」(※6) 「でもね、ご主人様はアタシにすんごく冷たいの。こんなにカワイイのに。アッ、もしかしてご主人様~、ツンデレなのかなぁ~。ーーーアァーッ!もう、ご主人様の照れ屋さん!」(これより10分、ご主人様への妄想を広げる慶花。)(※7) 「……、ウン、とにかくアタシ頑張るわ!」(※8) 「やぁ、オレは趙文。28歳だ。台湾ではオレを知らない奴はいない。オレの奏でる音に皆が凄絶にしびれる。そこのあなたにも是非聴いて欲しい、響け!凄絶に! ……って、熱くなってしまったな」 「さて、今日はライヴではなく、ウチのメイド鄭慶花ちゃんについて触れておくぜ。※1~※8それぞれに今からコメントする。こうやって言いたいことを整理するのは、オレのスケジュールの関係でね、あまり時間はとれないんだ。じゃあ、始めるぞ」 (※1)「こんにちは。アタシ鄭慶花。17歳よ。でもね、ただのセブンティーンじゃないわ。だって、永遠の17歳だもの。ウフッ」 「実年齢をオレは知らないが、17歳には見えない。とにかく素敵だ。しびれるぜ!」 (※2)「身長158、体重はヒ・ミ・ツ。あと、スリーサイズは上から89・57・85、ど~ぉ?」 「いいねぇー、慶花ちゃん。いわゆる『ボン・キュッ・ボン』ってやつかい。普通、理想は「画餅」、画に描いた餅なわけだけど、まぁそれが画ではなく現実にあるって良いと思わないか」 (※3)「アタシね、今度Maid Fightにね出ちゃうの。世界の男の目はアタシに釘付け~♪そうだったらいいなぁ~♪アタシ、頑張っちゃうんだから!」 「そりゃ、慶花ちゃんなら出来るさ。オレが言うんだから間違いない。ただ……慶花ちゃんはね、アレだからね」 (※4)「でも、アタシ、他のメイドさんみたいに力もないし~、頭もよくないの。どうしよう?このナイスバディなら誰にも負けないのに」 「あんなこと言ってるけど、慶花ちゃんは自分の身長以上ある槍を使いこなせる達人なんだぜ。あれで台湾予選勝ち上がったんだから、自信持たないとな。でも、慶花ちゃん、別の次元で自信もちすぎだから……」 (※5)「ねぇ、どうしよ~?ご主人様ぁ~?」 「そんな声だしちゃって、困るなー。慶花ちゃん、知ってるかな、オレ最近、自分の中の価値観が慶花ちゃんに破壊されているのを…!」 (※6) 「ところで、アタシのご主人様は、趙文といって、台湾では有名なアーティストよ。ロックをやってるの。すごいでしょ!女の子にはモテモテだし、男の子もご主人様のファッションを真似するし、~ん!ご主人様ぁー!カッコイイー!」 「いつも褒めてくれるんだよね。分かるよ、分かってるよ。しかしな……」 (※7)「でもね、ご主人様はアタシにすんごく冷たいの。こんなにカワイイのに。アッ、もしかしてご主人様~、ツンデレなのかなぁ~。ーーーアァーッ!もう、ご主人様の照れ屋さん!」 「ん?ツンドラ?あのコケしか生えない気候区分の?でもまぁ、オレが冷たいのは訳があるわけだ。この想い、この葛藤、どうしたらいいんだ」 「ん、何をそんなに真剣になってるのかって?だって聞いてくれよ」 「慶花ちゃんな、アレで、あんなに素敵な子なのに、何ゆえ……」 『男なんだよーーーーーッッッッッ!(泣)』 「あり得ない。オレは慶花ちゃんとあんなことやこんなことをしたいのに、あの子には……『ぞうさん』がぁ~、エレファント!とすると、あの胸もシリコンが入ってたり……、入っていても感じちゃうのか?うおぉぉぉぉぉぉぉっ!どうしたらいい。好きな女性が女性でないなんて!アァッッッッッ、神様!」 (※8)「……、ウン、とにかくアタシ頑張るわ!」 「……おおっとかなり取り乱してしまったな。」 「確かに頑張らないとな。慶花ちゃん、とにかく、日本に行ったら、ぞうさんはとってもらおうね。オレも葛藤の中で頑張らないと…、オレの愛を探しにな!一応この話はオレとあなたの秘密だからな」 「じゃあな!また会おう!」 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ご主人様 趙文 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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南極代表 ナターシャ | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
何もかもをたちどころに凍らせる冷たい風が吹きすさぶ。 氷点下の世界。周りには白い色しかない。そんな中、一人の女性が立っていた。 氷原の上に立てられた二本の十字架。手作りで作られた木彫りの十字架である。その十字架の前に、彼女――ナターシャは持ってきた花束を添えた。 「マーマ……」 まずは最初の十字架に声をかける。 「行ってくる。今度は少し、帰ってくるのが遅くなるかもしれない。けど……私は必ず帰ってくるから」 ともすれば身体を切り刻むような氷点下の風すら、彼女はびくともしない。防寒具すらまとってないのに、まるで寒さは気にならないようだ。幼い頃から過ごしてきた彼女にとって、この苛酷な環境すら適応環境。 ナターシャをここに連れてきたのは、彼女の母親。もちろんナターシャは母親を恨んではいない。むしろマーマと呼び慕っていた。 その母親も、彼女が小さい頃に船の事故で命を落としていた。肉体はいまだに冷たい海の底。しかしその冷たさのおかげでいつまでもその美しさを保っていられた。そのためナターシャは遺体をあげることはしていない。氷原に立てられたこの墓はあくまで仮のものだ。 「時間が無いから、ここでの挨拶になるけど……許してね、マーマ」 静かに微笑むナターシャ。そして首から提げたノーザンクロスを握り締める。この首飾りの十字架こそ、母親の唯一の形見。ナターシャにとってかけがえのないものだった。 しばし微笑んだ後、彼女はもうひとつの墓に目を向けた。 「わが師、ミュー。行ってまいります」 先ほどの柔和な顔とは対照的に、厳しい表情を向ける。睨んでいるわけではない。大恩ある師に対し、尊敬することはあれ、睨むはずが無い。 「どうかその大いなるお力を、今一度このナターシャにお貸しくださいませ……」 ナターシャの師、ミュー。母親を失った彼女を引き取って、氷原での生き方を教えてくれた存在。ナターシャが使う氷の術も、すべてはミューが授けてくれた技なのだ。 あの事件さえなければ、今も仲良く暮らせていただろう。 些細なすれ違いだった。ミューが尊敬するものが離反し、騙されてナターシャと対決。死闘の末ナターシャが勝ち、命を落としたミュー。だがその戦いは悲しみだけの結果だけではなかった。ミューの想いは間違いなくナターシャに受け継がれているし、ナターシャの心にはいつもミューがいる。 だから寂しくは無い。これから赴く戦いにも、いつも見守ってくれるはずだ。 「では、行ってまいります。マーマ、わが師よ」 しばらく無言で見つめていたナターシャだったが、くるりと背中を向け、主人が待つ氷の岸壁に向かった。 しばらく歩くと、岸壁の先に主人がいた。 主人も女性だった。彼女は無言で荒れる南極の海を見つめていた。 「……準備は出来ました、アテナよ」 ナターシャは跪き、アテナと呼ばれた彼女に頭を下げる。 「このたびの戦い、なれない日本の地ではありますが……このキグナスのナターシャ。全力であなたを守りぬくことを誓います」 そこで初めて彼女が振り向いた。 アテナ……ギリシャ神話で言う女神を意味するその名前の通り、美しい姿をした女性だった。彼女を守るために、今のナターシャがいる。 それがマーマとの約束。ミューから受け継がれた遺志。 そして―― ナターシャはアテナの足元にある石版に目を向けた。神々の戦いで戦い抜いた偉大な戦士が残した言葉がそこに刻まれている。 その言葉はナターシャにとっても心の支えであった。この言葉を再び胸に刻み込む。 この南極に大いなる栄光をもたらすために。アテナに大いなる力をもたらすために。 ナターシャはその刻まれた言葉をもう一度、心の中で読み上げた。 そこには、こう刻まれていた。 『ペンギン達よ、アテナをたくす』 ナターシャは短い足を立たせ、立ち上がった。目の前にいるアテナ……アザラシの彼女に。 ナターシャ。その正体は、南極に住むペンギンのメスなのである。 ……ペンギンにメイドという概念があるかどうかは、突っ込まないように。 「アウアウアウアウアウ……」 キグナスペンギンのナターシャの決意の言葉に、アテナは喜び声をあげた。いつも同じ台詞だが、恐らく喜んでいるのだろう。種族が違うので理解できないが。 とりあえず、苦労して薔薇をつけることもできた。アザラシの身体に薔薇をつけるのはかなり苦労したが、何とか。 準備は万端。マーマとミューへの旅立ちの言葉も告げた。心残りはない。 「それでは参りましょう。日本へ……」 ペンギンとアザラシの戦いは、今、始まった―― | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ご主人様 アテナ | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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