Bブロック
Aブロック | Bブロック | |||||||
メイド | ご主人様 | メイド | ご主人様 | |||||
セーシェル共和国 | 伏魔殿邪美 | 鬼流院蛇姫 | 中国 | 桂花 | 金遼斧 | |||
イギリス | アリス | キャロル | ロシア | オクサーナ・プガチョワ | 矢島洋平 | |||
ドイツ | ウィータ | ソフィー | インド | カーミラ | チャンドラー・シン | |||
日本 | 木ノ内美佳 | 板倉陽一 | 日本 | 葉山くみ子 | 細海健志 | |||
イタリア | ルーシア | モナムールスキー | スイス | レニー | アミエル | |||
アメリカ | キャサリン | マイケル | ナウル共和国 | ロサミスティック | JJ | |||
台湾 | 鄭慶花 | 趙文 | 韓国 | リ・ヨンエ | サイ・スウォン | |||
南極 | ナターシャ | アテナ | フランス | シャルロット・フィリス | ミシェル・ネイ |
中国代表 桂花 ![]() | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
中国。 人口数世界一を誇る大国・・・。 この国にその名を知らぬものはいない、といわれている会社があった。 超軍事会社「先行社」・・・。 この国の軍備はいまやこの会社が手中に収めているといっても過言ではないだろう・・・。砲身を作っていただけの小さな会社だったがわずか一、二年での業績の急成長たるや、飛ぶ鳥どころか神話に登場する龍ですら落としてしまいそうな勢いだ。 この会社が急成長をとげた理由・・・、それは実にシンプルだった。 軍の欲しい物をどこよりも安く、また早く作るところにある。それでいて、最新鋭の軍装備ときているから軍部は他には目もくれずこの会社にべったりなのだ。 「では、その装備は明日にでも納品しましょう。」 「おおお、さすが金社長。話が早くて助かる、これからもよろしく頼みますよ」 軍の司令室で細身のスーツ姿の男と小太りの軍服の男が握手をかわす。 では、と会釈をしスーツの男が部屋を出る。 部屋の外にはチャイナ服の少女が頬を膨らませて待っていた。 年の頃12,3の外見。髪はポニーテールで肩口ぐらいの長さ。身長は140ぐらいか。スリーサイズは・・・あえてかたるまい。 「なーがーい!」 チャイナ服の少女はスーツの男を見上げると口をとがらた。 「だからいったろ、桂花。来てもつまらないって」 スーツ姿の男が少々あきれた顔で、またか、といった感じでため息をつく。 「むー。でも桂花は遼斧のメイドだから一緒にいたいの・・・」 スーツの端を握り、うつむく桂花。 スーツ姿の男、金 遼斧はうつむく桂花の頭を優しくなでた。 「そろそろ、帰ろうか」 「・・・うん!」 桂花は頭をなでてもらったのがうれしかったのか、途端に元気になった。 にこ、と笑顔を見せて司令室から駐車場へと続く廊下を無邪気に走り回る。 それを見て、遼斧も自然と笑顔がこぼれるのであった。 ずいぶん遠くで桂花が手を振って遼斧を呼ぶ。 桂花が曲がった廊下の角でどん、と何かにぶつかった音が遼斧に聞こえた。 「!、大丈夫か、桂花!」 走り出した遼斧の耳に男の声が聞こえる。 「いたいじゃないか、おじょうちゃん。曲がり角を曲がるときはきをつけないと大変なことになるって習わなかったのかい?」 「よせ!」 走りながら遼斧は叫んだ。 「保護者がいるのか。あんたの代わりに社会的指導をおれがやってやるよ!」 男の下卑た笑い声が廊下に響き渡る。 「やめろ、やめるんだ、桂花!」 遼斧が叫ぶと同時に男の笑い声がやむ・・・。 遼斧が廊下の角についたとき、そこには血まみれの桂花と元、人だった大量の肉と血が散乱し悪臭を漂わせていた。 「桂花!」 遼斧が血だまりを介せず桂花に近寄る。 「ゴ、シュ・・・ジンサ・・・マ」 先ほどまでとは打って変わり焦点の合わない目で遼斧を見上げる。 「く、やはり。ぶつかった衝撃で〔自動戦闘モード〕に切り替わっている!」 遼斧は桂花を抱えあげると足早に車へと向かった。 「・・・ん」 「よかった、意識が戻ったね」 桂花が目を覚ますと見慣れた彼女の部屋の天井が目に入った。 「むー、遼斧、桂花また・・・」 桂花は天井に視線をやったまま遼斧に問いかける。 「・・・ごめんな、桂花。僕が気をつけていれば・・・」 遼斧は桂花の手をぎゅっと握る。 「・・・いいの、遼斧。それが桂花が作られた理由だし」 桂花は、その上にそっと手を重ねる。 「・・・」 「桂花もでるんでしょ、例の大会」 桂花は体を起こし遼斧を見つめる。 「・・・性能テストにはうってつけの場所なんだ。けど・・・」 遼斧は言いよどむ。 「うー、桂花負けないから兵器だもん!」 えへん、と胸をはる桂花。 「・・・そうだな、僕の作った桂花が負けるわけないか!・・・よし!」 遼斧は決意をこめて桂花を見つめ返す、桂花はコクッとうなずいた。 こうして中国からヒューマノイドタイプメイド〔桂花〕が名乗りを上げた 「桂花、公の場ではちゃんとご主人様っていうんだぞ」 「うん、遼斧!」 「・・・だいじょぶかな」 先行社研究室。 天井から細部をも照らし出すような光が注ぐ中、遼斧を筆頭に数人の研究者が一所に集まり作業をしている。 「神経接続、循環器ともに良好」 「彼女の心臓部は?」 「予定通りに機能しています」 「そうか、では後は・・・彼女のメインコンピュータに作成情報を入れて・・・、よし」 ヴ・・・ン。 「う・・・」 研究者たちの集う中心にある人型のロボットが誕生の産声をあげる。 「やった、成功だ」 「やりましたね、社長」 「・・・ああ」 研究者たちが歓喜の声をあげる中、一人遼斧はほっと安堵の息を漏らす。 ロボットに視線をやるとこちらを見上げ、 「・・・リョウ・・・フ」 かわいい少女のなりをしたロボットが遼斧を見てつぶやく。 「そうだよ、僕は遼斧だ。・・・桂花」 目を細め、慈しむように桂花の頭をなでる。 桂花誕生から二週間後・・・ 社長室にいる遼斧の下に研究者の一人がやってきた。 「そうか、では順調に性能テストをクリアしていっているわけか」 椅子に腰掛け書類に目をとおしながら遼斧は相槌をうつ。 「はい。しかし、この最後の項目がネックとなってまして・・・」 研究者が手にした資料を遼斧の机に差し出す。 「なるほど・・・。不慮の事故などで桂花の記憶回路が断線してしまったときに切り替わる”自動戦闘モード”か」 「はい、何しろ単機でこのビルを5分で平地にできるスペックをつんでますですので・・・加えてまだ外装が完了してませんのであまりに衝撃に弱く・・」 「そうだな・・・、とりあえず僕が”自動戦闘モード”にパワーオートセーブ機能をつけ出力を落としておくからその後に性能テスト、というかたちにしようか。外装は手抜きになってはいけないからあまり技術部をいそがせるなよ?」 「わかりました、ではそのように伝達しておきます。あ、それとですね社長・・・」 退出しようとした研究者が思い出したように手を叩く。 「実は桂花が社長に会いたいと、駄々をこねてまして・・・。」 「そうか、そういえば桂花が作られて忙しさにかまけて会いにいってなかったな」 そうだな、遼斧は思った。 久しぶりに愛娘に会うとするか。 「やあ、桂花。どうだい、調子は?」 研究施設内の一室、桂花のネームプレートのある扉をノックし遼斧が中に入る。 「あー、遼斧!」 桂花は遼斧が入ってくるや否や飛びついた。 「ごめんな、さびしかったかい?」 遼斧は桂花の頭を撫でる。 「うん、さびしかったよ・・・遼斧」 遼斧をつかむ手にわずかに力がこもる。 「・・・そうか、でももう心配ないぞ」 「?」 「今日の調整が済んだら僕とずっと一緒にいられるからね」 「・・・ホント?」 桂花が遼斧を見上げる。 「ああ、本当だよ」 「!!」 わーい!と全身で喜びを表現する桂花。 その様はまるでロボットを思わせない。 動き、仕草、感情そのどれもが年相応の少女を思わせた。 (うまく仕上がってる・・・。後は今日の調整次第か) 桂花を見ながら遼斧は思考をめぐらす。 「じゃあ、そろそろ行こうか桂花」 遼斧は桂花に手を差し出す。 「うん!」 桂花は差し出された手をぎゅっと握り遼斧とともに部屋を後にした。 「どうだ?」 「はい、パワーオートセーブ機能は働いているようです」 「・・・よし、では実験を開始する。試作型のパワーを同程度に抑え、桂花の自動戦闘モード状態のデータを収集するぞ」 モニタールームから遼斧が指示をだす。 実験場で待機している桂花の前に試作型が運び込まれる。 試作型も桂花同様、人型のロボットである。 しかし、稼動部や骨格がむき出しの上、顔にはカメラを置いてあるだけのそれはまさに試作型だった。 「では、実験開始」 遼斧合図とともに二体が稼動を始める。 先に動いたのは試作型だった。桂花めがけて間合いをつめる。 一方の桂花にはまだ動きがない。 試作型が桂花に殴りかかる。しかしやはり桂花は微動だにしなかった。 試作型は桂花の顔面にパンチをヒットさせた。 衝撃音とともに桂花が実験室の壁まで吹っ飛ばされ壁にめり込む。 「社長、桂花が・・・」 モニターを見ていた研究員の一人が心配そうに声を上げる。 「桂花は大丈夫だ、問題は・・・」 遼斧がつぶやく。 モニター画面が桂花を映す、彼女は壁にめり込んだ体を起こしゆっくりと敵を視認した。 桂花が動いているのを確認し、試作型が桂花へと再度間合いをつめる。 試作型が再度殴りかかってくる。 ギィン・・・! 実験場に鋭い金属音がこだまする。 桂花の一撃により腕を残し四散した試作型の無残な姿、一方の桂花は無傷・・・。 「抑えてこれほどのパワーを発揮するとは・・・」 研究員の一人がごくり、とつばを飲み込む。 「やれやれ、とんだじゃじゃ馬娘を作ってしまったな」 ふう、と遼斧がため息をついた。 「目を離さないように注意しないと危険だなあ」 一般的な親の気持ちとはまるで反対の心配をする遼斧であった。 この後何度か衝撃のたびに”自動戦闘モード”が発動し、遼斧をその都度東奔西走させる。 外装換装がすんでからは滅多に発動しなくなった。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
![]() ご主人様 金遼斧 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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ロシア代表 オクサーナ・プガチョワ ![]() | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
あの日、ボクは『ご主人様』になった・・・ ボクの名前は矢島洋平、都内のとある大学の理学部物理学科の4回生。 趣味はアニメ・マンガの所謂典型的オタク、中学・高校とあまり周囲とは溶け込めない趣味と元々人付き合いが得意でもなかったこともあり、友人と言えばネットで知り合った同好の人達だけだった。 自由奔放なボクの家庭では「進学しようが就職しようが自由」という親父の基本方針のお陰で、生まれ故郷の北陸を後に都内へ進学した。一度は東京に出てみたかったこと。 そして何よりオンラインで友人になった人々がコミケで都内に来ることが多かったのが何よりの動機だった。 妹が「お兄ちゃんいいなぁ~東京」って言ってたなぁ。 今から1年ほど前だろうか、ボクは1週間がかりの実験とそれに関するレポートをなんとかまとめ上げ、久しぶりに大好きな秋葉原の町に足を運んだ。 「う~んどうしようかな」 いきつけの店に展示してあるお気に入りのメイドスタイルのフィギュアをじっと見つめながら 「こんなスタイル抜群で可愛い女の子がこんな格好で『ご主人様!』なんてありえないよな、うんうん」 そんな現実を一人で意味不明に納得しつつも購入するかどうかを悩んだ結果、今月の生活費の具合を計算して諦めて店の表に出た。 他にも欲しいものがあるし、もっとあれこれと見てまわるつもりで歩いていると、言い知れぬ柔らかい感触に当たったあと「ドサッ」という紙の落ちる音、同時に自分の体制が後ろへと傾き尻餅をついてしまった・・・ 上手に受身なんてとれるわけもなく体に走る痛みを堪えながら目を衝突してきたらしい相手に向けた。 金髪、いや銀髪っていうのだろうか、良く見る自己主張の激しい金色というよりも抑えた色の金髪に上質のトパーズ(地学研究室の博物標本でしか見たこと無いけど)を思わせる鳶色の瞳、よくものの例えに使われる象牙の様な白い肌(うっすらと静脈の見える白さってあるんだなと思った)まるでいつも見てるアニメのキャラクターを3Dにして血の通った人間にすると、こうなるんだろうなって感じの美女。 とっさに 「ごめんなさいお怪我ありませんか、あ、日本語分からないですよね。本当にごめんなさい」 などと突然の事態にテンパっているとハスキーな、けれども温かみのある流暢な日本語で 「ごめんなさい、怪我してませんか?」 と聞かれてしまった。 必死に大丈夫、大丈夫とだけ言って彼女の落としたものを拾おうとしたら、そこに落ちていたものは何やら難しそうな日本の古典に混じってマンガ数冊とボクも良く購入してるアニメ雑誌が落ちていた。 それが彼女、オクサーナ・プガチョワとの出会いだった。 ボクはというと日本の古典とマンガとアニメ雑誌という不釣合いな取り合わせを抱えた美女に興味が尽きなかったのと、ともかく彼女にさっきの不始末のお詫びだけでもと必死の思いで彼女を手頃なファーストフードの店に誘った。 いや~普段のボクからは考えられないことをしたものだと今更ながらに思うよ・・・お詫びだからと彼女の頼んだアイスコーヒーと自分の分のコーラを持っていくと、彼女は満面の笑みを湛えて 「ありがとう、アイスコーヒーは最近のロシアでも飲むようになったけど、やっぱり日本の方がわたしは好き」 そういってしなやかな指先の手で紙コップを受け取った。 相変わらずその段階ではテンパっていたけれども、精一杯頑張って自己紹介とともにお互いのことを話したんだ。 彼女はボクの大学に来た留学生だった。専攻は日本文学 「特にね!高校生の頃に読んだ『源氏物語』がすごく面白くって、留学するなら日本って決めてたの!」 と言うオクサーナ。 加えて子供の頃に大好きになった日本のアニメとマンガが決定打らしい。 (良かった、これなら話題に悩むことは無いぞ!) そんな妙な確信を得たボクは必死になって自分の知ってる知識から彼女の飛びつきそうな話題を選び出し、少しでも接点を持とうと必死だった。 もちろんナンパなんて高級な話じゃない。そのまま彼女とサヨナラするのが名残惜しい、ただそれだけだった。 しばらくいろいろと話をしていくうちにボクもちょっと冷静になって彼女をマジマジと観察する余裕がでてきた。 金髪でうなじを隠す程度のセミロング、切れ長の目(睫毛長いな)細面の輪郭に小さく整った鼻と唇(化粧してるのかしら)ほっそりとした体つきに地味な色合いのブラウスとスカートをまとっているんだけど、そこだけ明らかに違う空気が流れていた。 そんなに長い時間じゃないつもりだったけど、ボクがマジマジと見るものだから彼女は顔を赤らめながら 「わたし、何かおかしいかしら?」 と言う。 慌てて全面否定のボク、そんな初対面だった。 それからしばらくの間毎日の様にお互いの学校帰りに会ってはアニメやマンガの話をしていた。 今にして思えば大半はボクが話していて彼女は鳶色の瞳を輝かせて聞いてることが多かったけれど・・・ 初めて会ってから3ヶ月くらいしてボクが実験やらレポートやらで忙しく料理なんて出来ないから普段の食事がコンビニ弁当やカップメンが多いって言うと 「ダメ!そんなの!体壊しちゃうよ!」 と怒られ食事を作りに来てくれるようになり、そのうち部屋を行き来するのが面倒だとか何とか諸々の理由から同棲生活。現在に至る今でも頬をつねって夢で無いか確認してみたくなる。 幸せなオクサーナとの共同生活が始まって間もなく、秋葉原に一人で買い物に出たんだ。 マンガやらDVDやらを購入して歩いてると、いきなり腕を掴まれ路地裏に引き込まれた。 いかにもボクの様なひ弱なオタク相手にカツアゲして小遣い稼ぎしてる若者(って言ってもボクより少し年下くらいなんだろうけど・・・)が5・6人ほど。 「ね~おにいちゃ~ん、ボクタチお小遣いが足りなくって困ってるんだぁ~、少し貸してくんない?」 定番メニューのセリフをリーダー格が言ってる間に残りのやつらが路地からこちらが見えないように、なおかつボクが逃げ出さないように取り囲んだ。 「どうしよう・・・幸い財布の中に少ししか残ってないし、1万円あげたら見逃してくれるだろうか。」 そんな諦めの対処法を考えていると・・・ 「ヨーヘーになにしてるの!」 とオクサーナの声。 「うぁ!ダメだってオクサーナ!ボクは良いから逃げて!」 それだけ言うのが精一杯だった。 ヤツラの一人がボクを羽交い絞めにしたかと思うとリーダー格が 「へぇ~こんな冴えないオタクにこんな美人な彼女がいるんだぁ~、なぁオタクくん、小遣い良いからさぁ、彼女一晩貸してくれな~い?」 下卑た笑いを浮かべながら彼女に近づく。 すると今までボクの前では全く見せなかった艶然とした笑みを浮かべながら 「あらぁ~ボクたちが全員で相手にしてくれるのぉ~?」 と彼女の方から歩み寄ってきたかと思った矢先、事態は急変した。 リーダーの横を風の様にすり抜けたかと思うと、ボクを羽交い絞めしてニヤついていた男の前にドアップで接近した彼女。 どこをどうしたのかさえ分からぬうちにボクを締め付けていた手から力が抜けてボクは開放された。 あっけに取られる男たち、しかし辛うじて冷静さを取り戻したらしく狙った2匹の獲物を逃すまいとする肉食獣よろしくボクたちを取り囲む。 「だめだなぁ~カノジョ~おイタしちゃ~。大人しくしてないとイタくしちゃうよ~」 とナイフを取り出した。 彼女はこの事態に少しも動じることも無く先ほどの艶然とした笑みから美しく整った柳眉を逆立て、ギリシャ神話のメデューサってこんな感じかと思わせる笑みに変えた後 「ニッポンはサムライの国って聞いてたけど・・・サムライになり損ねた男もいるんだねぇ。」 とポツリと言った。 本当にメデューサの瞳だったのだろうか、持っていたナイフは地に落ち、ボクらの周りの囲みは誰の合図とも無く解かれた。 彼女は尚も表情を変えないまま 「ふん!一応、動物並みに強弱だけは分かったようだねぇ。」 そう漏らしてボクの手を引いて立ち去っていった。 その帰り彼女は終始黙ったまま、落ち込んで暗い表情を浮かべていた。 ボクはと言うとそんな彼女の表情さえ美しく思いながらも、何となく触れてはならない部分だと思い、そっと側にいるだけだった。そっとボクから手を差し伸べると彼女がギュっと握り返してきた。 その後、ボクの方へ真剣な眼差しを向けて 「もし、わたしがあなたの思うような女の子じゃなかったとしても一緒にいていい?」 と問いかけてきた。もちろんボクは全く問題無いことを即答した。 その夜、彼女はボクに彼女が日本にくるまでどんな生活をしていたかを初めて耳にした。 そしてその過去の為にボクは『ご主人様』として彼女は『メイド』としてMFに参加することになった。 わたしにとってモスクワに良い思い出はない。 物心ついたときから両親というものを知らなかったわたしは、国の福祉施設で拾われた。 ただ、そこの中年の女の職員が孤児のわたしを汚いものでも見る目で見たので、深夜に逃げ出し同じ境遇の少年・少女たちとマンホール生活をしていた。冷たいマンホールに段ボールを敷き詰め3・4人固まって寝て過ごしたのが、ちょうどわたしが4つの頃だろうか。 食料品店から食料を盗んで腹を満たし、日本製の高級電化を盗み出しては闇に流して、いくばくかのお金を得ていた。わたしの様なマンホールキッズは国の恥になるのか政治家のパフォーマンスか、わたしたちは常に政府の福祉施設職員に追い掛け回される立場だった。町に立つ娼婦たちがきらびやかで何を仕事にしてるのかも知らず、 「ね~おねぇちゃん。綺麗だねぇ、どうやったらそんなに稼げるの?」 と無邪気に尋ねたこともある。 「そうだねぇ、あと数年したらアンタもこうやって稼げるようになるさ、おや?アンタ将来いいタマになりそうだねぇ」 ニヤリと意味深に笑った娼婦のその意味を当時は全く分からなかった。 辛うじてモスクワの冬に凍えることも無く6つになったわたしは思い切って道に立つことにした、娼婦たちがどんな仕事をしてるのか彼女たちが道に立ちつつお互いに話してるのを耳にして把握しながら、彼女たちなりに縄張りがあるのを知り、彼女たちからかなり離れた寂しい路地にじっと立っていた。今にして思えばそれが幸運だったのかも知れない。かじかんだ手を擦りながら待っていると一台のBMWがわたしの側に止まった。 わたしは内心の恐れを隠し侮られないようにと町の娼婦たちの使ってるセリフをそのまま真似た。 「キミはその年でそんな仕事をいつもしてるのかね?」 問い詰めるわけでもなく、ただそっと呟くように車の後部座席に乗った初老の男が尋ねた。 「ううん、今日が初めて」 とわたし。 「そうか・・・キミさえ良ければ私と一緒に来ないかね、もちろんイヤでなかったら、だが」 それが養父(ちち)、ニコライ・ガラーホフとの出会いだった。 養父は退役ロシア陸軍の将校だった。ベトナム・アフガニスタンなどを転戦した経歴を持つ歴戦の戦士だった。 しかし退役間際は主に外務省付き武官として各国を移動することが多かったらしい。 彼は年老いた執事と元部下のボディーガード兼秘書と称する中年男とだけで、古ぼけた大きな屋敷に住んでいた。 彼はわたしを屋敷に連れて帰ると温かい食事と綺麗な服を用意してくれた。 わたしは只々目の前に食事を貪っていたような気がする。そんなわたしをニコニコと眺めながら養父はボソボソとわたしをここへ誘った理由を話し始めた 「私はこの年にして家族も無く一人ぼっちでね。若くして亡くした妻との間に一応息子はいるんだが、まぁこれが出来の悪いやつで・・・・それはともかく、もし妻との間に娘が生まれていたら、きっとキミみたいな娘だろうな、そんな風におもったのさ。どうだい?私はキミとうまくやっていけると思うんだが、キミはどう思う?」 目の前の温かい食事と養父の笑顔がわたしの警戒心を溶かしたらしく 「うん、いいよ」 と二つ返事で答えた。養父は元軍人らしく規則正しい生活と勤勉さを保っていた。わたしにも厳選した家庭教師をつけ基本的な教育をつけさせてくれた。 合間を見ては養父自ら自分がかつて赴任した諸外国の話、この国の将来について、そして養父がいかに、ロシアを愛しているかを話してくれた。 海外生活の話はアフリカ・中南米・アジア、特に養父のお気に入りは「ニッポン」と言うアジアの島国だった。養父が熱っぽく語るのを耳にして「わたしもいつかは訪れてみたい」そう思うにはそんなに時間はかからなかった。そのときからわたしが学ぶ外国語に養父にねだって日本語が加わったのは言うまでも無い。 養父との生活は何の不自由も無く、いやおそらく他のロシアの一般家庭からは遥かに豊かな生活なのだろうが、幾つかおかしなことがあった。 一つには家庭教師が付けられて充分、外部の学校に編入しても遜色ない知識がついた頃になっても養父は外部の学校へと通うことを許さなかった。それともう一つ養父・執事・秘書の3人しかいない時には「オクサーナ」と呼ぶのだが、客が来たときだけ3人が揃って「レナ」とわたしを呼ぶようにしていたこと。 それに何故かわたしの個室は養父の家が古い領主の居城を改装して使っていたせいもあって隠し小部屋があったのが、そこがわたしの個室として割り当てられ、わたしのお気に入りのぬいぐるみや海外から取り寄せた「ジャパニーズマンガ」も全部そこに片付けるよう厳しく言われていたこと。 10歳になった頃に秘書の中年男から館の庭で諸々の軍隊式の格闘技・各種銃器の取り扱いや、屋外でのサバイバル術を学ぶ様に養父から指示をうけたこと。当時のわたしは不審に思いつつも中年の秘書の教えてくれることが一々面白くって随分と熱心に学んだ様に思う。13歳になって養父が自分の仕事について語ってくれたとき、これら全てが、わたしの身を守るためにした策だと知った。養父はかつてのキャリアを生かして退役後、貿易会社を経営し始めた。その傍ら同じく退役した軍人の就職を斡旋したり、場合によっては自分の経営してる会社で使っているようだった。 秘書兼ボディーガードの男もそういえば、「曹長」と呼ばれていた。 しかし養父の一人息子は彼の有り余る財産にたかるように、養父から資金援助を受けては事業を失敗させているような男らしい・・・幾つか店を建てては潰すを繰り返した挙句、昔、わたしが見た娼婦たちを牛耳るような仕事をし始め、それとともに町のごろつきを集めては少しづつ闇社会の顔役とのし上って行ったそうだ。 「もし、私に万一のことがあったとき、オクサーナ、おまえのことが心配でならないんだよ、だからこそ一人で生きていくための知識と技術をすぐにでも身につけて欲しいと思ってる、それも息子どもに内密で、だ」 養父が退役軍人でもあり、ボディーガードの「曹長」が側にいるし、その他にも退役したかつての部下に守られている形である養父の身の安全は問題無いと彼は言った。しかし公的にわたしを「養子」にして相続を争う立場にすると自分の不徳でわたしにも危険が及ぶ。それが養父の言い分だった。 わたしはもちろん、養父がここまで何不自由無く育ててくれただけでも幸運だったし、何より元がマンホールキッズだから金銭に大した拘りも無かった。 それから更に数年を経てわたしが17歳になりずっと付ききりで教えてくれた家庭教師の老女が「レナさん!これならスキップで大学にいけるくらいの学力が付きましたね」と珍しく褒めてくれた頃に養父が急逝した。 心筋梗塞だったらしい、職場での突然の死で誰も気づく間も無かったと言う。 わたしの頭の中が真っ白になってる横で、普段無口な執事の老人が 「旦那様は以前より心臓が悪く、オクサーナお嬢様には心配をかけたくないから伏せて置くようにと強く言われておりました、申し訳ございません」 そう謝った。とうとう養父が以前から心配していた事態が生じた、そうか養父はいつかこのときが来るのを知っていたから、あれだけ周到に自分のそして「娘」になったわたしの準備を急いでいたのだ。 「曹長」がわたしの部屋に来て、急ぎ屋敷を出発して身を隠す準備をするようにと指示した。普段ふてぶてしいまでに落ち着き払った軍曹が若干なりと青ざめた顔をしているのが、わたしに余り時間が無いことを教えてくれた。 わたしを飛行場に送る車の中で以前から養父に言われていたのだろう、当面の旅費の現金にウラジオストック行きのチケット、それから厳重に封をした包みを手渡しつつ、曹長が説明してくれたのは、養父がわたしのために残してくれた財産の一部がスイスの銀行口座にある、そのことだった。 今までの感謝の言葉を曹長に言うと照れ隠しに 「さっさと行け」 と言うそれからさらに 「オレぁガキが嫌いだったし、今でも嫌いだ、だがなぁ、オマエは良い生徒だったよ!オクサーナ」 そう言って手を振ってくれたのを今でも忘れない。 わたしは用意周到に逃がしてくれた養父に恩返しがしたい、その一心だけであちこちを経由してロストフに向かった。 余りに人口の少ない都市だとマフィア紛いの養父の実子に見つからないように養父の愛したロシアという国にわずかばかりの恩返しをするつもりで、わたしは軍に志願した。それにいかにマフィア紛いの実子とはいえ、軍内部は養父の領域であると思ったからだ。ロストフに赴任していた養父が生前良く招いていた将校を訪ね養父の死と志願したい旨を伝えた。 彼も養父には恩義を感じているらしく、わたしに諸々の便宜を図ってくれた。 「しかしいいのかね?ガラーホフ少将閣下はこんな形でキミに親孝行して欲しいとは思ってはいないはずなんだが」 そんな彼の言葉を封じつつ自分の思いを遂げたく志願したことだけを伝えた。彼は溜息をつきながら直属の部下に連絡してくれた。 「中佐!お呼びでしょうか」 そういって入ってきたのは年の頃21・2と思われる美貌の女性だった、きりりとした軍服姿で直立不動の姿勢を崩すことなくキビキビと返事していた。 「彼女が新規の兵として赴任してきた、いろいろと指導してやってくれ、基本的な戦闘技術は訓練所にいたときに習得したものと伺っているから、あとは実地で教えてくれればいいと思う、えっとキミの名前はなんと言ったかね、確かレナ・・・」 「いえ!オクサーナ・プガチョワといいます!」 将校は養父から私の事情を聞いていたらしく、遂に本名を名乗ったかと言わんばかりの少々驚いた顔をしていた。 「よろしく頼む!プガチョワくん!わたしはエカテリーナ・イワノヴァ、階級は上級中尉だ!」 そこからわたしの新しい、そして悲しみの伴う生活が始まった・・・ 上級中尉は常に新兵としてのわたしを心配してくれて軍内部での生活になんら遜色は無かった。 その間にわたしは「曹長」から身に着けたありとあらゆる技術が確かだったことが証明され、2年後にはスペツナズ(特殊部隊)に配属された、幸運だったのは信頼に足る上官、イワノヴァ上級中尉も大尉に昇進のうえ合わせてスペツナズに赴任したこと嬉しいことだった。 「プガチョワくん、どこでそんな技術を身につけた?訓練所ではあるまい?」 そんなことを笑いながら大尉は聞いてきたが、曖昧に笑うだけにに止めておくしかなかった。 更に3年を経た後、わたしは伍長になり、大尉は少佐になった。少佐とわたしは実の姉妹のように仲良く、また信頼を寄せ合っていたように思う。 わたしはスペツナズで、かのモスクワ劇場占拠事件並びにベスランでの学校占拠事件でミッションを果たすことになった。 確かに作戦自体は、ロシアにとっては成功だったに違いない。しかしわたしには余りにも大きな犠牲を払った2つの事件に立ち会ったことが、わたしに軍にいることが養父の愛国心への恩返しになるという思いに疑問を抱かせつつあった。 その後に従事した対チェチェンでのミッションがわたしの精神のバランスの天秤を大きく揺らしてしまった。独立を謳うゲリラたち相手に自らと同僚の命を守るため、養父とわたしの愛する祖国の尊厳を守るため、そう言い聞かせて奮戦した。 いつの間にか「鋼のエカテリーナと弾丸伍長」などとあだ名される殺戮を繰り返し、軍内部では尊敬と畏怖の眼差しを受ける傍ら、わたしは精神安定剤を手放せない状態にあった。 その生活を知った少佐から 「伍長、キミはもう軍を退いた方がいい」 そう言われたときに「また居場所を失ってしまった」その思いが一杯だった。 国内で軍から外部に出てしまうと亡き養父の加護も万全ではなく、ろくでなしの義理の兄の組織に追われるはめになるのは時間の問題だったわたしは、亡き養父も愛していた国、日本へ身を隠すことにした。 イワノヴァ少佐を始め、養父に恩のある国内官僚の人々のお陰で、わたしは東京都内のある大学の文学部留学生として入学を可能にした。 憧れのニッポン!しかし洋平に出会うまでのわたしは、まだ精神安定剤を手放せない日々を送っていた。 今にして思えばその頃のわたしは自ら他人の寄せ付けず殻に閉じこもったままだったのだろう・・・ 洋平と出会ったあの日、わたしは書店で目にした数冊の本を何気なく購入していた。 大好きな日本の古典に随分と久しぶりに手にする日本のマンガ、綺麗な女の子が表紙を飾るおそらくアニメの雑誌だろうか、我ながら妙な取り合わせに苦笑しつつ、僅かでも孤独を感じないで済むだろうか、もしかしたら精神安定剤を飲まずとも、あの戦場での血にまみれた悪夢を見なくてすむだろうか、などと思いながら町をぼんやりと歩いていた。 「特にね!高校生の頃に読んだ『源氏物語』がすごく面白くって、留学するなら日本って決めてたの!」 第一印象では特に何の感想も抱かなかった彼にそんなウソをついてまで引き止めたのは、神のご配慮のなせる業としか言いようが無い。 わたしに何の警戒心も抱かず、熱心にわたしに話しかけてくる彼に押し切られる一方、子供の頃に持っていたこの国への関心が蘇る中、わたしは彼のいない日に寂しさと以前より強い孤独を感じるようになっていた。 彼と一緒にいる間は、わたしは殺人兵器ではなく普通のロシアからの一女子留学生になれた。 彼の食生活がいい加減であること、大学から近い小さなアパートに一人暮らしで他に親密な女の子がいないことを確認したわたしは、最初は食事の世話をするために、彼のアパートから歩いて15分程度の距離のわたしのマンションから通い、そのうち自ら彼と生活を共にすることにした。洋平は軽いパニックを起こしていたみたいだけれど。 洋平が質の悪い連中に絡まれたあの日、一人で出かけるときはメモを残してくれるようという、わたしの我侭を偶然彼が忘れたのだった。わたしは自分が捨てられて彼が消えてしまうような絶望を感じ、彼の行きそうな所を手当たり次第に探した。やっと見慣れた彼の背中を目にして近づこうとしたとき、路地裏から伸びた手が彼を引き込んだ瞬間、わたしは彼の置かれた事態をとっさに悟り助けに走った。 周到に取り囲んだ連中の後ろから彼に害が及ばないよう敢て声を掛けた 「ヨーヘーになにしてるの!」 連中が一斉にこっちを振り向く、わたしは微笑みながらヤツラがニヤケている隙にジーンズのポケットの中に入れてあった小銭から10円硬貨を一枚手にした。重さ・大きさともに良し、目標は洋平を捕まえている男。 わたしは親指で10円硬貨を弾き、男の顔面の急所に打ち込んだ。うまく殺さないくらいには加減できているはず!尚も油断しきっているリーダー格と思しき男をすり抜け、洋平の側に・・・そのとき洋平はわたしを後ろ手に庇い 「彼女は助けてあげてくれ、ボクのことは殴っても蹴ってもいいから」 泣きながらそういっていたことを今となっては忘れているようだ。彼のその言葉でわたしは彼のいるところが自分の居場所なのだと確信した。 その夜、わたしは彼にわたしの今までのことをすべて告白した。 心身ともに生まれ変わったかのような感覚と全てを受け入れ尚も愛情を傾けてくれる洋平の存在に感謝する日々を満喫していたある日、懐かしい人がわたしに連絡をとってきた。イワノヴァ少佐だった。 ちょうど日本に職務の関係上短期赴任しているらしく、わたしに会えないかと連絡してきた。 「随分、顔色も良くなったじゃないか!伍長、それも例のサムライボーイに可愛がってもらってるおかげかな?」 会っていきなりそんな冷やかしを言った少佐の顔はわたしへの心配が無くなったことを喜んでいるように見えた。 「少佐!いきなり何てことをおっしゃるんですか!」 慌てて少佐を嗜めながら再会を喜んでいると、少佐は言いにくそうに、用件を切り出した。 「Maid Figntにロシア代表として出場するべく志願してくれないか?」 Maid Fight自体は軍に所属していたころにおおよそのことは耳にしていたので驚きはなかった、しかし何故、わたしなんだ? 「実はな、伍長に会う前、わたし自身ロシア代表としてMaid Fightに出場したんだよ・・・」 初めて聞くことだった。 「わたしも怖いもの無しでね、無事代表に勝ち進んで、本選にまで進んだよ。今でも思い出すだけで血が騒ぐような戦いの中、わたしは決勝まで進んだ・・・・でもね、決勝戦でわたしは負けたんだよ。」 この少佐に敗北を味あわせる女がこの世の中にいるとは・・・ 「決勝でわたしを破った選手はブラジルの選手でねぇ。わたしも全力を尽くしたし、彼女もわたしを打ち破るに値する能力・人格共に優れた戦士だった、だからわたしも悔いは無い、はずだったのさ、伍長キミに会うまではな」 わたしは少佐の言っていることがとっさに理解できなかった。 「わたしに言わせればキミは戦士としてピークだった当時のわたしに匹敵する、いやおそらく上回る能力を持っていると睨んでいる。だからキミが心を痛めて軍を去ったときは悲しかったよ、もし時間を置いて『復活』してくれればと祈ったものだ、そして今、キミは『生き返って』くれた」 少佐、わたしが貴方を上回る存在ですって? 「正直なところ、情報部からの報告では今大会はかつてない激戦が予想され、わたしとしても自身もって推薦に値する部下がいなくて困ってるというのが一つ。それから個人的な思いだが、わたしがかつて成しえなかった優勝をキミなら成し遂げてくれるのではないか、という期待もあるのだよ。どうだろあと一回だけ戦地に赴いてくれないだろうか?」 続けて少佐は言った。 「伍長、キミとわたしの仲とはいえ、無報酬というのは申し訳ないから、予選突破時点で、例の義理の兄からの追跡を完全に消し去るべく国内に残るキミに関する情報を抹消する用意をしておこう」 一呼吸置いて側のワインを一口飲んだ後彼女はニヤリと笑いながらさらに続けた 「勿論、例のサムライボーイと結婚する際には、ちゃんと籍を入れられるようにはしておくよ」 しばらく考えてみる必要があるようだ、第一、『ご主人様』を誰にするべきか・・・いざとなったら少佐は立ち会ってくれるだろう。 少佐との再会の後、部屋にいた洋平に事情を説明した。ちょうど日本での予選1組目が終了し、「葉山くみ子」という女性が出場を決め、世間を騒がせていた頃だった。 「そうなんだ、さすがオクサーナ、すごいんだね」 そう言ってニッコリと優しく微笑んだ後、 「ん?じゃボクが『ご主人様』なわけ?」 「ヨーヘー、聞いていると思うけど場合によっては『ご主人様』にも危険が及ぶんだよ?分かってるの?」 「う~ん、でも自分のカノジョがそんな大会に出場するかもしれないってのに、一応彼氏やってるボクが観客席ってのも寂しいなぁ」 そうなんだ、洋平はそんな人だった。ならばわたしが絶対に守れば済むこと・・・ わたしに今の幸福をもたらせてくれた祖国のため、そしてその祖国から完全に決別できる様にするため、洋平とわたしはMaid Fightに出場することになった 自分の過去を全て話せたこと、それを全て受け入れたままにこの生活が続いていること。それらがオクサーナの今までの沈鬱な表情を少しづつ消し去っていったようだ。ボクとしては嬉しいことこの上ない。今までは何処か抑え気味だった彼女の喜怒哀楽も最近ではかなりハッキリとするようになったし。 そういうわけか二人の生活にも若干の変化が見られた。 オクサーナが社交的になりボク以外の人間とも積極的に接するようになったこともその一つだ。頻繁にボクの所属する教授室にも現れ、何彼とも無く世話を焼いて帰るようになった。 教授その人を含め全員で8名の研究室に彼女が入ってくると異彩を放つことおびただしいのだけれど、彼女は全く気にしてないらしい。 「ヨーヘー、ヨーヘーも大好きなボルシチとピロシキ作って待ってるから、まっすぐに帰ってきてね~」 最初の頃は羨望と疑問と畏怖とも思える視線がボクに集中したものだが、オクサーナ本人の人柄のせいか、いつの間にか、存在を認知されている(考えたら実験で泊り込みの度に全員分の指し入れ作って持ってきたりしてるしねぇ)。 年老いた教授に至っては同業のロシア人研究者とのメールのやり取りの翻訳まで頼んでるし。 彼女自分の授業大丈夫なんだろか? そんなことを思って 「ねえ、今度一度オクサーナの所属する文学部のゼミ覗いてみてもいい?」 何気なく言ったセリフだったが、彼女には面白くなかったらしい。 「ダメ!ぜったいにダメ!」 「え~ボクが行ったらいけない理由でもあるの?」 その後にうな垂れながら悲しそうな表情で言った彼女のセリフにボクは驚いた。 「だって、ヨーヘーを他の女の子に取られちゃうかもしれないから・・・」 彼女の所属するゼミは全員で10名のうち7人が女性でそのほとんどが「綺麗・可愛い」(とはオクサーナ本人の感想だけど)。 そんなところにボクが行ったら浮気されるという。 その心配は無いんじゃない? そう、素の顔を見せるようになって分かった彼女の一面、「焼餅焼き」だった。 MFのロシア予選は開始がその年の夏だったこともあり、大学の夏季休暇を利用してロシアに行くことにしたのだけれど、その前にボクは久しぶりにコミケに出ることにした。 オクサーナも 「コミケ!日本のサブカルチャーの最先端を垣間見る機会を、わたしはついに手にしたのですね!」 あんなところに連れて行っていいのかしら。 前にも話したけれど、ボクが都内の大学を志望した理由でもあった今所属するところでも同人誌なんてのを出していて、今回久しぶりに作品を書いて出したものだから、足を運ぶことにしたんだ。 会場に着いてボクらの同人のスペースに足を踏み入れると 「矢島うじぃ~来たニカァ?」 と聞き覚えのある声。 高校の頃はオンラインで同じ趣味の話で盛り上がり、尚且つ大学入試を控えた頃にはチャットで家庭教師までやってくれた岡田さんである。 天下のT大理学部の博士課程に所属して、数年後は准教授も夢では無いとの噂のある25歳、すでにメタボリック症候群まっしぐらな体型を『とっとこハ○太郎」の着ぐるみに包んでいる。 「オクちゃ~ん(勝手に愛称決めないでください)、約束どおり来てくれたニカ」 そう実は岡田さんのリクエストもあって彼女を会場に連れてきた。 というのも今から3日前に 「矢島く~ん、遊びにきたよ~」(普段はまともな口調で喋るのですよ、この人) と事前の連絡もなしに現れた岡田さんを、ついオクサーナに出迎えさせてしまった。 「あqwgr!おわ!yhtm・・・」 何か意味不明の雄たけびを上げる岡田さん。 ともかく何とか落ち着かせて彼女との馴れ初め(もちろん彼女は普通の留学生としてだけど)を話してると、またアタフタしながら 「これなんてエロゲ?」 とか 「ん?女神か?もしやベルダ○ディーさまか?いや、肌の色はともかく体型はウ○ドさまか?」(岡田さん、壊れ気味なわりにはしっかりと彼女観察してるんですね・・・) やっと精神の崩壊からの復活を果たした岡田さんは 「そうかぁ一足先に矢島くんに春が来たのだね、同胞としては喜ぶべきなんだろうが・・・」 そう言ったと思うと 「そうだ!次のコミケは彼女同伴で来たまえ!会長命令だ!」 そんな同人会長の勝手な命令だったんだが、オクサーナ自身が 「コミケ行ってみたい!」 と言ったので、不安要素はあるものの連れてきたんだ。 「矢島うじぃ~来たにょろかぁ~」 そう言って格ゲーのクールな男性キャラのコスプレをしてる人が現れた。 成瀬女史である。 この人もボクが高校の時のチャット仲間で岡田さんとはこの同人の会長・副会長の間柄。 決して目を引く美人では無いけれども、愛嬌のある顔立ちは、みんなから愛されるキャラクターを構築している。 女史は都内美術大学の院生で造形美術の新進気鋭の芸術家になる可能性アリと評判のお方。ボクらが会場で身につけるコスプレの製作担当者でもある。 「ふ~ん、これが会長の言っていた、噂の『逸材』にょろねぇ~」(え?どういうことですか?) そんなボクの動揺も省みず女史はオクサーナに近づき 「日本語できるそうね、初めまして成瀬っていうの、よろしくにょろぉ~」 と自己紹介。 オクサーナも先程、上から下まで品定めされるように見られた視線に戸惑いつつ挨拶していた。 その後、ボクの側にこっそり近づき 「矢島うじぃ~おヌシ、スミに置けぬにょろねぇ~」 などとのたまう。そうしていると岡田さんが片手に紙袋を提げて戻ってきて、 「オクちゃ~ん、ウリからお願いがあるニダ!」 とおっしゃる・・・メタボなハ○太郎がウネウネしながらおねだりするシーンを想像してもらいたい。 「折角、オタクの聖地『コミケ』に参加したんだから、オクちゃんも、コスプレしてみるニダ!」 そういって彼女に紙袋を渡す、さらに 「あ、それ成ちゃんの渾身の力作ニダ、『着用説明書』もあるからそれを見ながら着て欲しいニダ」 ニッコリ笑うメタボハ○太郎な岡田さん。 中身の衣装は丁寧にデパートで使われるラッピング用紙を再活用して梱包してあるらしく中身は見えない。 「オクちゃん、日本語だいじょうぶって聞いてたけど、一応、成ちゃんが説明書を英訳してくれてるから、英語だいじょうぶだよね?」 はい、と素直に頷くオクサーナ。 ボクはというと久しぶりなもので、キョロキョロしていた。(後から聞いてこのボクの行動が彼女に『あの』衣装を着させたということだけど) ふっとオクサーナに視線を戻すと何かふくれっ面をして、その後、プイっと成瀬女史に付いて着替えにいったらしい・・・ 「ところで岡田さん、あのコス(コスチューム)なんのコスなんです?」 すると 「良くぞ聞いてくれた!あれは伝説のエロゲー『らぶらぶナース3姉妹』のエルたんの制服ニダ!」 あ、それ遊んだことあるぞ。 確か主人公は某病院オーナーの一人息子で、あるとき原因不明の奇病にかかり、同病院に勤めつつ陰ながら主人公を慕っている美人3姉妹ナース、おっとり天然癒し系巨乳娘長女エル、快活運動大好きツンデレ娘次女エム、ロリータ萌えの三女エスとのラブストーリーという超萌え萌え大人気ゲームじゃないですか! そんなことを思い出していると成瀬女史に連れられたオクサーナが帰ってきた。 「矢島うじぃ~コート借りてるにょろ~」 ボクが古着屋で買った汚い米国陸軍のミリタリーコートを羽織って彼女は戻ってきた。 戻ってボクの姿を見るなり、顔を真っ赤にしてボクの背中の後ろに隠れるようにして体を小さくしている。 まてよ、エルちゃんの制服って・・・そんなことを思い出している傍らで岡田さんと成瀬女史が話している 「成瀬うじぃ~あれ随分うまく出来ていたニダぁ~」 「そうでしょ?ゲームのエルたんが『身長160cmスリーサイズが上から100のJに60、98』だけど、あなたから聞いた彼女のパーソナルデータ『身長175cmスリーサイズは上から90のH、59、88』に合わせて作り直したにょろぉ~」 成瀬女史のセリフを聞いてオクサーナは更に身を縮めてボクの背中に隠れながら 「え?なんで知ってるの?」 と驚く・・・そりゃね、知る人ぞ知る『神の眼をもつ男、岡田』ゆえに出来る技、あの短い時間でボクも知らない彼女のサイズを見抜くって、岡田さん恨みますよ・・・そんなボクらの思いを知らないで岡田さんはさらに語る。 「矢島うじの家にいた彼女を見たときにボクの野望が叶うと思ったニダ、そう、とうとうあの名作『らぶらぶナース3姉妹』が完成するだと!今日のためにボクの人脈を駆使して、エムたん、エスたんは確保したニダ!」 そういや小規模同人のボクらのスペースにしては人が多いなぁと思ったら、そうすでにエムちゃん、エスちゃんに扮装した女の子が2人、カメラ小僧に囲まれながらボクらの同人誌をアピールしてくれていた。 へぇ結構可愛いじゃないか(オクサーナほどじゃないけど)と思って見てると後ろから耳を引っ張られ 「ヨーヘー、スケベな顔してる」 と彼女が怒っていた。 「ヨーヘー、これ借りるよ」 そういってコートの胸ポケットに引っ掛けていた彼女から貰ったサングラス(軍にいたときに愛用していたものでボクに貰って欲しいと言って渡された)を手にしおもむろにかけたと思うと意を決してボクの汚いコートを脱ぎ捨てた。 「おお~」 周囲の人間の感嘆が起こる中、彼女はモデルさんの様に軽やかに歩いて先に舞台に上がっていた次女エム、三女エスの中央に割って入った。 「はぁはぁ~エルたん、萌え~」 「後でサインください!」 「ボ・ボクはエスたん一途なんだ!でも、でもこのエルたんは反則すぎる~」 などと訳の分からぬセリフが飛び交う中、メタボハ○太郎な岡田さんがまるで興行師よろしく 「はいはい、ナースの女の子に触れないでくださいねぇ~、して欲しいポーズとかあったらボクに言ってくださいね~」 と手際良く取り仕切る。 「エルた~ん、そのぉ、片足膝曲げて~、ちょっと前かがみになってもらって、んでこう、両方の腕で胸寄せるようにしてもらえますかぁ?」 「おお~おまぃ天才!」 などと言う盛り上がり・・・オクサーナと言えば、サングラスで隠した目(きっと半分涙目と思う)をボクのほうに向けながら要求に従って(側にいた岡田さんが小声で頼み込んでいるようだったけど)前かがみのグラビアアイドルポーズを取る。 良く見るとエロゲのナースだけあって胸の谷間を随分と強調したデザインの上着にそれこそ体制を変えると下着丸見えになりそうな、超ミニスカート。 参った、すっかり忘れてたよ、あんな強烈な格好だったことを。 きっと他所の男どもの視線に晒させていることに気がいらだっていたのが顔に出ていたのだろう。成瀬女史が側に来て小声で囁いた 「だいじょうぶにょろよぉ~、少々デザインに苦労したけど、下着もアレ専用に下着のラインは全く見えないけど、しっかりつけさせてるしぃ~スカートが上がっても丸見えなんてことにならない様に工夫もしてあるにょろぉ~」 とさらに 「流石に大切な彼女の裸同然の格好を矢島うじも他の男に見られたくはないだろうからねぇ~」 いたずらっ子の様な笑みを浮かべて成瀬女史は人ごみに紛れて言った。 お陰で今回のボクらの同人誌は一躍脚光を浴びたわけだけれども・・・ コミケが終わって帰る道すがらオクサーナは幼な子が泣くようにして咽び泣いていた。 「だいたいヨーヘーがあそこにいた2人のナース姿の女の子をスケベな目で見るから~」 「わたしだってあんな格好恥ずかしかったんだもの」 「でも、ヨーヘーが喜んでくれるかな、と思って勇気を出したのよ!」 延々と続く彼女の不平・不満。確かに恥ずかしい思いさせちゃったなぁ、そう思いごめんと言う代わりに彼女の頭を引き寄せ、幼い子にするように撫でてあげた・・・ 次の日、彼女が 「原則、露出の激しいコスプレは厳禁!但しヨーヘーの要請のあるときはこの限りではない!このように決めさせてもらいます!」 昨日の打ち上げで集まった同人メンバーの前で高らかに宣言したのは、必然だったのだろうか。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
![]() ご主人様 矢島洋平 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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日本代表 葉山くみ子 ![]() | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
私は、細海健志と申します。 今年65歳になりました。しがない本屋の店主です。 妻は20年前に亡くなり、息子が一人いるのですが、一人立ちしました。ですから、私が仕事している間、家の事をしていただく方を探しておりましたところ、親切にも快諾してくださった女性が見つかりました。 お名前は、葉山くみ子さん。 たしか…39歳とかおっしゃっていたかと。良い仕事ぶりで、大変助かっております。ご近所からの評判も良く、安心しておりました。 しかし、困ったことになりまして…、と言いますのも、葉山さんが突然 「細海さん、私Maid Fightに出ます」 と言われたことで、私の人生が何か変な方向へ向かっております。 葉山さんのそれまでの服装は、トレーナーにジーパンといった軽装でお仕事されていたのに、どこで買われたのか知らないのですが可愛らしいメイド服を着ております。正直、めのやり場に困ってしまって…、それで、その~、めいどふあぃと?ですかね、単なるコンテストかと思っていたのですが、よく調べておけばよかったと後悔しております。 何と世界のメイドさんと喧嘩するという…、いや~喧嘩は良くないですよ、止めましょう、と言いたかったのですが、時すでに遅くかったのです。 何故なら、気付いた時にはすでに予選が始まっておりました。理不尽なことです。私まで喧嘩に参加するとは。自分の父親にも殴られたこともないのに…。 でも、すぐ負けてしまえばいいと思っていました。ところが、私と同様に喧嘩したことのない葉山さんが、傷を負って血を見る度に 『ヌオオォォォォオ!ハイパーモード!』 と、人格が変わり、相手様を負かすのです。私は何が何だかわからなくて…、はいぱーもーど?今まで65年間生きてきて、このような不可解かつ納得のいかない現象があってよいものか、と困惑しております。 不本意かつ信じられないことですが、私たちは、日本代表の一組になってしまったのです。 あぁ、死にたくない。もし、死ぬのなら、静かに天国に行きたいのに。 葉山さんは大丈夫ですよの一点張りですし。どうしたらよいものか、試合は明日です。神様仏様、私細海健志65歳、毎日一層の徳を積みますので、ご慈悲を賜りたく…お願いいたします……… (以上が健志の心の声。) と、健志の部屋の外からくみ子の澄んだ声がした。 「ご主人様、あすは大事な試合ですから早くお休みになって下さいね。」 健志には、『試合』が『死合』に聞こえて仕方がなかった。 かくて、健志の理不尽ファイトにゴングが鳴った。悲壮な面持ちの彼をよそに、闘うメイドに覚醒した葉山くみ子さんは呑気に明日の支度をしていた。 『Maid Fight日本予選から3日ごのお話――細海健志の知られざる真実』 この日、細海健志65歳は初めてテレビに映ることとなる。元々、民放各社は健志にテレビ生出演を熱烈に依頼していたのだが、地味で地道に生きるのが信条の65歳は、本屋があるからとかたくなに拒否した。 その結果……、 「はい、どーも、皆さん。ご機嫌いかが~!」 健志は本屋―細海書店といいます―のテレビでこの声を聞くやいなや、ビクッとした。 (ハッ!葉山さん…出られたのですね。) そう、声の主はいまや『ハイパーマダム』と騒がれる葉山くみ子39歳だった。 「ご主人様~!細海さ~ん!見てるー?」 手を振る葉山さん。そしてテレビ越しに手を振る健志。嫌な予感をビンビン感じながら…。 生放送では、葉山さんにインタビューが、始まった。 ――まずはメイドファイト日本代表獲得おめでとうございます。 「は、ハイ。ありがとうございます。」 葉山さんは少し緊張しているようだ。アナウンサーが軽く葉山さんの緊張をほぐしていく。そして 、 ――葉山さんの試合ぶりを拝見して、凄く打たれ強い印象を持ちました。 「ええ、相手にも花を持たせてあげないとね♪」 (ええっ!葉山さん!余裕だったのですか?) 健志には、そのときの葉山さんが余裕だったとは思えない。 (だって、毎回流血してましたし…。) インタビューは続いた。 ――ハイパーモードの葉山さんはとても素敵です。 「いやだ♪、貴方、素敵だなんて♪何もでてきませんよぉ♪」 (ん~、でも、葉山さん、自分が、『ヌオオォォォォオー!ハイパーモード!』とか言ってらっしゃるのは、実はあまりご存知ないようなんですよね。) 健志がそう思うのも、実際に試合のあと、葉山さんが、『ハッ。私、途中から無我夢中で、記憶が曖昧でしたわ。』と、ある意味泥酔から覚めたようなことを言っていたのは確かだった。 (それにしても『ハイパーモード』は反則並みに強いと……) 何て健志が考えている時にテレビでは決勝のダイジェストが放送される。 決勝戦、ハイパーモードマダムの葉山さんは、相手メイドの強力な攻撃によりピンチに立たされていた。 (あ、そうそう、葉山さん大変だったんです。) 健志、他人事のように思い返す。 (あれ?私はこの辺りの記憶全く無いんですが――。) ボケるには早いぞ健志。 健志は続きを見る。テレビでは、力尽きてダウンした葉山さんを尻目に相手メイドが健志に向かっていた。試合のルールでは、相手主人の薔薇をとることで勝利が認められる。状況は負け、そして、健志は明らかに失禁かつ失神寸前だった。 (あわわ~!私、死ぬー!) 「えっ!しかし、私はなぜ無傷で今こうしてテレビをみているのだろうか?」 傷ではないが、左腕に黒いアザは出来ていた。確かにあれだけ敗北寸前で健志もタダで帰れるばずがない。そんな思いが言葉になったその時、信じられないことが起こっていた。 (ええェェッッッッッー!) 細海健志65歳、びっくり仰天とはまさにこのことと覚えたり! 失神したと思った健志から光が発し、地面が唸るような、何か地の底から力が健志を呼び覚ましたようにテレビでは見えた。そこには65歳には見えない、爆発しそうな肉体、そして、なぜかきれいな白い歯で、薔薇をくわえ、腰に『カプセルホテルニュージパング』と書いてある白いバスタオルを巻いた、ほぼ全裸の健志がいた。 「…………。」 健志、激しい驚きののちポカ~ンと口が開いたままに。 (アレ、違う。アレハ私ではナイ。キっとテレビのヤラセに違いなイ) テレビで実際の己を見てバニックになっている健志にさらに追い打ちが――。 『ヌオオォォォォオー!ハイパーモード!』 (アア、私も言ってシマッタのか……) 健志そのまま失神!お客さんは慌てて救急車を呼ぶ。 テレビではハイパーモードの健志が葉山さんを助け起こし、葉山さんのお腹辺りに手をかざし、『我、汝に命ずる。復活せよ!』と言って、手から光を葉山さんに当てている光景が映っていた。 「ご主人様♪カッコイイ~!」 テレビで盛り上がっている葉山さんを健志は知る由もなかった。 ちなみに、この時、試聴率は70.9%とという数字を叩き出し、カプセルホテルニュージパングでは電話の問い合わせが殺到!後に細海・葉山ペアのスポンサーになったのは言うまでもない。 その後も葉山さんは、一時間も生出演し、有名人気分で帰ったようだ。映像の中では健志が葉山さんを回復させ、見事逆転勝ちをおさめたところが流れていた。その健志の左腕にも黒いアザはあった。 細海健志65歳、人生初の入院。1日で退院するも、テレビで知った衝撃の事実は覆せず、そのショックでいっぱいのまま試合前日を迎えることになる。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
![]() ご主人様 細海健志 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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インド代表 カーミラ ![]() | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
インド。 今日はここに住む一人のロマンスグレーとおつきのメイドのお話。 時間は夕刻、世間一般でいうところの晩御飯の時間だ。 どの家からもいいにおいが漂っている。 「そろそろ時間か」 傍目に見て渋さをかもし出している男は柱時計に目をやり、つぶやいた。 「では、仕事はこのぐらいにして・・・」 男は手に持っていたペンをおき、書斎をでて食卓へと向かう。 屋敷の主チャンドラー・シンは食卓を見るや否や顔を引きつらせる。 「・・・おい、なんだこの消し炭の山は」 食卓の上には元は食材であったろう炭の山が所狭しと置かれていた。 立腹するシンにメイドの一人がおずおずと口を開く。 「申し訳ありません、旦那様。・・・実は今日はコックが体調を悪くしまして。」 シンは軽くため息をつき、 「で、このありさまかね。料理は誰が作ったのだ?」 「はい・・・、カーミラです」 「・・・君たち、彼女にはあれほど料理を作らせるなと口をすっぱくしていったのを覚えてないのか」 「いえ、覚えています。ただ、今日の献立は誰でも作れる簡単なレシピだったので・・・、それに下準備はコックがしていて・・・」 「彼女にまかせたと?」 「・・・はい、彼女以外手が空いてるものがいませんでしたので」 「・・・」 「申し訳ありません、旦那様」 メイド達は深々とシンに頭を下げる。 「・・・まあ、一食抜くぐらいどうってことないが・・・。これからは気をつけたまえ」 「はい!」 「それで、カーミラはどこに?」 シンは辺りを見回したが彼女のすがたはない。 「それが・・・、料理を作り終えるとふらっと出て行きまして・・・。まだ戻ってないようです」 「そうか、では戻ったら私の書斎に来るように言っておいてくれ」 「かしこまりました、旦那様」 「では、私は部屋に戻るから後は頼んだよ」 シンは頭の横で手をひらひらさせながら自室に戻った。 自室に戻ったシンは書きかけの小説に着手する。 何を隠そうチャンドラー・シンといえば、書けば売れるインドの有名小説家だ。 15年前始めて出した作品「ガンジス」から今日まで全てヒットを続け、ヒットした作品は両の手では足りない。 デビューしたてのころは25になったばかりの青年だったがいまや40歳、妻も娶らずに身の回りをお抱えのメイドに任せ、暇さえあれば書斎で小説を書くことに没頭している。 今日も新作、「ある日常」というタイトルの作品を書き続けている。 この作品は主人公がお抱えメイドのせいで次々と難事件へとまきこまれるというものだ。 「ふう・・・一息いれるか」 シンは書きかけの原稿の上にペンを置くと、いすの背もたれにもたれかかり伸びをする。 いつのまにか水がなくなっていることに気づき、机の上においてある呼び鈴をチリン、チリン、と鳴らした。 程なくして部屋のドアがノックされる。 「はいっていいぞ」 シンが声をかけるとメイドが中に入ってくる。 年のころ20代前半ぐらいだろうか、褐色の肌にロングヘアーの知的美女を思わせる顔立ち。 「失礼します、ご主人様ー」 「・・・・・・カーミラ、帰っていたのか」 シンはカーミラの声を聞きゆっくりと振り返る。 カーミラはシンの顔を見てにっこりと微笑む。 「ええ、先ほど。お料理はいかがでした?お気に召しましたかしらー」 「・・・あいにく消し炭を好んで食べる趣味はないのでね。」 「あらあら、好き嫌い言ってると大きくなれませんわよー」 シンの皮肉をものともせずカーミラは笑顔で答える。 「そうゆう問題じゃなくてね・・・いや、よそう。それより」 シンは押し問答が時間の無駄だとわかっているので話を切り替える。 「どこにでかけていたのだ?こんな遅くまで」 壁にかかっている柱時計は夜の12時をさしていた。 「はい、呼び出しがあったのでそちらにー」 「呼び出し?もしかして例のあれの報告か」 シンの眉がぴくり、と動く。 「はい、どうやら日本に向かったとのことですー」 「やれやれ、できればインドで片付けておきたかったが・・・」 シンはふう、とため息をつく。 「しょうがないですね、邪魔がはいりましたしー」 「ああ、あれは一体何だったのか・・・。結局わからなかったが・・・。で日本にはどういう名目で行くつもりなんだ?取材旅行か?」 「今度日本でメイドファイトという大会が開催されます。それに参加という形で行こうかとー」 カーミラは脇に抱えていた書類をシンに見せる。 「・・・なるほど、おもしろいな。これなら大義名分は申し分ない。私たちの獲物を他国にとられずにすむ・・・よし、ではその線でいこう。明日にでも政府に参加申し込みに行くとしよう」 「はい、ご主人様。では旅行の用意しとかなきゃ、ガイドブックとかグルメマップとかー」 「・・・観光でいくんじゃないんだぞ、まったく」 しかし。 書類に目を通し終え、シンは思った。当分は小説のネタに困りそうにないと。 「そうそう、いいそびれてたけど用意の前に水を頼むよ。喉がからからだ」 「はい、ご主人様ー」 深夜・・・。 周りは暗く、月の明かりだけがあたり一面を照らしている。 少しの岩と草以外なにもない荒野・・・、そこに二つの影と一つの影が対峙していた。 二つの影、一つは文士の格好に黒のマント。もう一つはメイドの格好をしている。 その二人はまぎれもなく、シンとカーミラだった。 対峙している一つの影・・・それは一見犬のように見える。 しかし月の光が照らすその体には、無数の目と口がついていた。 「やれやれ、ようやくおでましか」 シンがふう、と息を吐く。 「キサマラ、ナゼオドロカヌ・・・イママデノモノタチトハチガウナ」 化け物の体についている口が一斉に喋る。 「ふふふ、うふふー」 カーミラがうれしそうに笑う。 「?ナニガオカシイ。コレカラコロサレルノガソンナニウレシイノカ」 「いえ、久しぶりにおいしそうだなって。ご主人様もういいですか?・・・この子食べちゃってもー?」 「ああ、さんざん人を殺してきた奴だ。遠慮はいらん、骨まで食べてあげなさい」 シンがいうや否やカーミラが化け物に飛び掛る。 「!?」 間一髪で身をかわす化け物には動揺が感じられた。 今まで幾人となく人を殺めてきた化け物は、抵抗という抵抗もなく次々と人を殺めてきた。 中には銃器で応対してくるものもいたが、化け物には通じずむなしく息絶えた。 化け物は一方的に狩る側にいた。 そう、今日までは・・・。 飛び掛ったカーミラの銀髪が衝撃の風でゆらゆらとゆれる。 月の光を浴びロングヘアーの銀髪がすう、と透き通って見える様は並みの芸術作品をはるかに凌駕する美しさだ。 「あらあら、意外とすばしっこいのね。なんて狩りがいのある獲物なのかしらー」 間延びする喋り方とは真逆にカーミラはスピードを上げる。 「ック・・・」 スピードの上がったカーミラに攻撃され防戦一方の化け物は体の一部を切り離し、シンへ向ける。 「おいおい、勘弁してくれよ」 化け物の体の一部がシンへと襲い掛かる。女が奴を気にすれば少しの隙が生まれる。その隙に深手を負わせてやる。化け物の口がにや、とゆがむ。 しかし、彼女はシンのことなど意に介さず攻撃を続ける。 そう、彼女がシンを心配する必要などない。なぜなら彼は彼女よりも強いから。 「・・・まったく。私と彼女、どっちが強いかわからないなんて哀れだね」 シンに化け物の一部が迫る。瞬間、化け物の一部が地面に棒状のもので縫い付けられる。 月の明かりは化け物の一部を縫い付けたものを照らし出す。 それは、彼の愛用するペンだった。 「これは特製のペンでね、対魔用に作られた逸品さ」 ペンで縫い付けられた化け物の一部は消滅する。 化け物は窮地に立たされた。 もはや、当初抱いていた殺意は失せ、今は必死でこの場を離れる方法を模索している。 「結構頑張ったけど、これで終わりですー」 カーミラがとどめの一撃を放とうとしたとき、彼女に向けて何かが高速で飛来してくる。 「!」 カーミラは空気を切り裂く音を聞き取り、その何かを間一髪でかわす。 「だれですか?食事の邪魔をするのはー」 「・・・・・・」 砂煙の中、カーミラの問いには答えず高速で飛来したものは、化け物を脇にかかえその場からすばやく立ち去った。 「逃げられたか・・・」 シンがカーミラのそばにやってきた。 「もう、せっかく久しぶりの食事だったのにー」 残念、とカーミラがしょげ返る。 「しょうがないさ、またしばらくおあずけだ」 シンはカーミラの手をとり家路へとついた。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
![]() ご主人様 チャンドラー・シン | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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ナウル共和国代表 ロサミスティック ![]() | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
税金、ゼロ。 病院、学校、全てタダ。 そんな夢のような国が、かつて存在していた。 その国の名は、「ナウル共和国」 ・・・アホウ島の糞でできた国である。 太平洋。 ニューギニア島より東に2000キロ離れた場所に、小さな島がある。赤道よりわずかに40キロ南に位置し、メラネシアに所属している。周囲の島からは孤立しており、例えば北東のギルバート諸島からは約500キロ、南西のソロモン諸島からは約1000キロ離れている。 この小さな島が、一つの国なのだ。 人口、わずか1万2000人。だがこの国は、ほんの少し前までは世界有数のGDPを誇る国であった。その理由は、鉱山から掘り出される「リン石」である。かつて、アホウ鳥の楽園であったこのナウルには、アホウ鳥の糞から形成されたリン石が大量に眠っていたのだ。 おりしも、世界は鉱石としての「リン石」を欲していた。 ナウル国家は、その「リン石」を輸出し、莫大な富を得ていたのである。 労働は全て外国人にまかせ、手にした外貨を基にしてナウル国人は遊びふけていた。 税金は、ゼロ。 病院、学校、全てタダ。 無限に湧き出してくるリン石は、ナウルの国を南太平洋一の豊かな国へと導いてくれていた。 ・・・はずであった。 「昔はよかったなぁ」 南の国、暖かい気候の中、無精ひげをぼうぼうに生やした中年男、J・Jはごろんと横になって空を眺めていた。雲が流れていく。透き通った空だ。 こんな空を見ていると、まるでこの国が楽園のように思えてくる。 「ご主人サマー、一体、何を見ているデスカー?」 彼を覗き込む顔があった。 南国の太陽に照らされて、健康的に焼けた褐色の肌。彼のメイド、ロサミスティックだ。 いつ、いかなる時も明るい彼女にいつも癒されているJ・Jではあったが、今日は軽口を叩くつもりにはなれなかった。 「鳥はいいなぁ・・・俺も鳥になりたいよ」 「ご主人サマが鳥になられたら、ワタシ、困るデスヨー」 ロサミスティックが笑う。とびきりの笑顔だ。つられて、J・Jも笑った。 「なんで困るんだ?」 ここで、「愛」とかいう返事が返ってくればよかったのだが、現実は非常だった。 「ご主人様が鳥になられたら、ワタシの未払いの給料、誰が払ってくれるデスカー?」 「・・・そっちかよ」 J・Jは憮然として横になった。 「冗談デスヨー。ご主人様、すねないデー」 ロサミスティックも横になった。主人とメイド、二人が横になる。風だけが気持ちよく流れてきていた。 横になると、島の様子を見渡すことが出来た。 失業者にあふれかえった、退廃の島。 永遠に産出されるかと思われていたリン石が枯渇してきたのは、1989年のことであった。この年、初めてナウル島のリン石の採掘量が減少したのである。考えてみれば当たり前の話だ。資源というものは有限なのである。掘れば、無くなる。 そんな当たり前の事実に、全てのナウル人は目を背けていた。 リン石のおかげでもたらされたこの生活。働かなくても、物に囲まれた贅沢な暮らしの出来る生活。一度手にした甘い汁は、絶対に手放したくは無い。 この時点で手を打っていれば、まだ悲劇は防げたのかもしれない。 しかし、働くことを忘れたナウル人は、思考を停止していた。 「なんとかなるさ」 とだけ思い、日々の享楽にふけっていた。 そして。 なんともならなかった。 21世紀に入り、ついに資源は枯渇したのだ。 少し前までは世界でも有数の高い1人当たりGDPを誇る先進国であったのが、現在では発電に必要な軽油の購入にも支障を来たし、計画停電を全島で実施している状態。 唯一の資源であるリン鉱石が枯渇し、かといってリン鉱産業に代わるめぼしい産業もなく、生活物資のほとんど輸入に頼り、さらにナウル人には勤労経験もないことから、自ら生活の糧を得ることも難しくなっている。 荒涼としたリン石採掘現場には潅木が茂っているものの、農作物を育てられるような土壌も見当たらず、また川などもないため、水不足も深刻となっている。 残ったものは、働く気を失ったナウル人だけとなったのである。 「どうしよっかなー」 目の前に広がる暗澹とした未来にうんざりとしたJ・Jは、横になって考えた。腹は減っているが、食べるものが無い。魚は嫌いだ。臭いから。肉が欲しい。肉が食べたい。油ののった、ジューシーな肉が・・・ 「昔はよかったなぁ」 とその時。 「そうそう、ご主人様、これを預かってきたデスヨー」 メイドのロサミスティックが、一枚の紙切れを差し出した。 そこには、 「第13回 Maid Fight 予選大会申し込み票」 と書かれていた。 「これは?」 「政府のお偉いさんが、コレ持っていけってワタシに渡したデスヨー。ワタシ強いから、この大会に出て優勝すれば、お金一杯もらえるらしいデスヨー」 「金!?」 金、と聞いて、J・Jは飛び起きた。 そして、むさぼるように文面を読む。 しばらくして・・・ 「むっふっふっふふ・・・はははは・・・ひゃっはっはっはっは!!!」 狂ったように笑い始めた。 「ご、ご主人様?」 「来たぞ!ついにこのときが来た!」 J・Jは自らのメイドの肩を持つと、嬉しそうに言った。 「お前、俺と一緒にこの大会に出ろ!」 「大会デスカー」 「そうだ。大会だ。金をつかむ大会だ」 貧乏な過去にさようなら。明るい未来にこんにちは。 「お前のたまりにたまった給料も、ちゃんと払ってやる!」 「本当デスカー?」 「あぁ、本当だ。俺が嘘を言ったことがあるか?」 「たくさん・・・」 「そんなことはどうでもいい!」 J・Jはロサミスティックの手をとると、立ち上がった。 「見ろ!あの輝かしい星を!あれが俺たちの未来の星だ!」 「・・・昼間だから星なんて見えませんヨー」 「いいんだよ!演出だ!はっはっはっはっはー!」 馬鹿笑いを続けるご主人様を見て、 「ワタシ、なんでこんな人に無給でつかえているんデスカネー」 と、ロサミスティックはため息をついた。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
![]() ご主人様 J・J | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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スイス代表 レニー ![]() | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「……………」 息を吸い込み、呼吸を整える。気持ちを集中させ、レニーは閉じていた瞳を見開いた。 瞬間、十数台の機械からクレーが投じられる。軌道はばらばらで、数は相当数。それがレニーの周り360度から、彼女自身に飛来する。 「……っ!」 確認するよりも早く、レニーは腰に刺してあった二挺の拳銃を引き抜き、撃ちはなった。その射撃は正確で、無軌道相当数のクレーを次々と粉砕し、落としていく。 動きに無駄はない。たなびくメイド服に揺れるツインテール。まるで完成された華麗な演舞と見間違うほど、鮮やかな動きである。 続いて第2射が飛んでくる。数は倍。動きもかなり早くなっている。 「……ロードカートリッジ!」 ぽつりとレニーが呟くと、彼女が持っていた拳銃の銃身がわずかに明滅し、次の瞬間には銃身内部から弾倉が抜け、乾いた音を立てる。その直後にはレニーが先ほどよりも倍の速度で射撃を続けていた。どういう仕組みかはわからないが、自動的に弾が補充されるシステムになっているようである。 ごっ! 2射目がすんだ後、次にレニーに迫るものがあった。先ほどのようなクレーではない。はるかに重量のある巨大な岩。それがまっすぐにレニーに落下していく。 「ラグナミラー! モードチェンジ!」 それを確認したレニーは、二挺拳銃を持つ両手を前に突き出し手を組む。と、同時に二挺拳銃だったそれは、ひとつの形に融合し、巨大なロケットキャノンのような形に模した。 「……ブレイク!!」 レニーの発する声と同時に、砲塔の先にエネルギー粒子が収束し、放たれる。巨大なレーザービームとなった一撃は、岩をあっさり砕き、消し去っていた。 追撃がないことに気づいたレニーは、再び二挺拳銃の姿に戻すと腰にしまった。 「ふぅ……」 軽く息をつき、少しにじんだ汗を拭う。あれほどの射撃を繰り返したにも関わらず、硝煙の匂いひとつない。当たり前だ。彼女の持つラグナミラーは火薬などを使用しないのだから。 ぱちぱちぱちぱち。 その時鳴り響いた拍手の音に、レニーは顔を向ける。 「いやいや。完全に使いこなしているようだねぇ、レニー」 「……お坊ちゃま」 レニーの前に姿を現したのは、18歳くらいの金髪の男性。整った顔立ちで、アイドル級のクオリティとまではいかないが、そこそこの美青年である。 彼の名は、アミエル。この国では最大、世界においても有数の大財閥の子息にして、将来を有望とされた天才。特に理数系において、その名を知らぬものはいないとさえ言われる存在である。 かなりの肩書きと能力、および独特な知識運用が可能な彼ゆえに、変に近づくものも多い。それでもそれを気にしないアミエルは割と外出を繰り返したりする。そのため護衛のSPだけでは物足りなくなり、レニーのようなメイドにも護衛として動くことも多い。 そんなレニーに、アミエルは自らが開発したラグナミラーを手渡していたのだ。しっかり使いこなせと。 「調子は悪くないし、変換率も悪くないようだ。調整もできてるようだね」 「ありがとうございます」 「だけど……」 笑みを浮かべていたアミエルは、いきなり表情を変えて、大げさに両手を広げて見せた。 「いかん! いかんよ、レニー」 「は……?」 「僕が修練を積めといったのは、こんなことじゃない。きちんと説明しただろ?」 大げさにため息をつくと、アミエルはふところからあるものを取り出した。 それはいくつかのDVDが収められているケース。色とりどりのデザインが施されているそれを、大きな動きで突きつけた。 「君に必要なのは、戦闘での修練ではない」 ニヤリと口元を歪めたアミエル。 そして、臆面もなく言い放つ。 「君が足りないもの……それは『萌え』だ!」 瞬間、レニーは凍りついた。 「だから言っただろう! ここに僕が収集した無尽蔵なまでのジャパニメーションのDVDがある! これを四六時中見て、萌えを把握しなければならない!」 徐々に呆れ顔になってくるレニーのことなどさておいて、まるで自分の世界に陶酔したかのように、アミエルはくるくると回りだした。 「メイドはまさに萌えの代名詞……。奉仕をして主人に尽くす。失敗して許しを請う。ちょっと恥ずかしい命令に顔を赤らめる! これこそが萌えの集大成! まさに美の極致!」 「…………はぁ」 「君にラグナミラーを渡したのもそれが理由だ! いいか! ラグナミラーはただ相手を射撃するものじゃない! かっこいい必殺技の名前を言いながら射撃し、『名前を教えて!』とか言いつつ説得し、そんでもって語尾には『~なの』とかつける……そんなリリカルでマジカルなものになってほしいからゆえだったのに!」 「…………」 「年も若く、ツインテールに出来そうなロングヘアー! さらに充分な運動能力! 何よりも重要なのが胸がないこと!! つるぺたーんは世界を変える! これらをすべて、完璧に! パーペキに! ハイブリットまでに完成されている君だからこそ、専用のメイド服を渡し、スールの誓いもどきを交えつつ、ツインテールに無理やり髪型を変えさせ、さらに修練がはかどるよう、600型のプラズマテレビと最高級のスピーカーセットまで用意したのに! その胸のなさを無駄にするつもりか! 愚か者! 恥を知れぇっ!」 「恥を知るのはお前だぁっ!」 瞬間、レニーはアミエルの顔面に蹴りを入れていた。 「ぎゃふっ」 たまらず倒れるアミエル。その姿を見て、レニーは深い深いため息をついた。 「はぁ……ったく。何でこんなヤツが、あたしの幼馴染なのよ……」 レニーは両親の仕事柄、幼い頃からアミエルの屋敷に出入りしていた。そこで知り合ったアミエルの遊び相手として、幼い頃は一緒にすごしていた。 早くに両親をなくしたレニーをアミエルが引き取ったのが縁で、レニーはメイドとして働くことになった。メイドと言っても、どちらかというと友人関係に近い。同い年ということもあり、学校とかの世話とかを見ていることがある意味仕事だった。 幼い頃のアミエルは純真だった。正直言うと、小さい時はアミエルに想いを寄せていたこともある。幼い頃にやる、特有の「あたし、大きくなったら結婚する!」というヤツである。その想いが若干あるゆえ、ある程度独立できそうなレニーがいまだにアミエルに仕えているのだ。 しかしアミエルは、とあるきっかけで日本のアニメに出会ってから、方向性が狂いだした。どうしてああなってしまったのか、どうして自分は止められなかったのか、いまだにレニーにはわからない。 まぁそれでも、そのアニメとの出会い以降にアミエルの才能が開花し、天才の名を欲しいままにしているだから、世の中わからないものであるが。 だが、それが自分にまで影響してくると、もはや災害である。あれやこれやしてるうちに、何故か今に至ってしまった。あの幼い頃のようなキラキラとした目を向けられては断りきれなかった自分のせいでもあるのかもしれないが。 少しは大人になってほしい。成長してほしい。そう願わざるを得ないレニー、18歳。ちなみにその次の願いは、自分の胸もそれなりに成長してほしいことだったり。 「何を言う! 貧乳は希少価値だ! ステータスだ!」 「どやかましい! 人が気にしていることを、あっけらかんにあんたはぁ!」 ちなみに言い合いは続いていた。 今日こそは意識して……と気合を入れて、しゃべり方も気をつけていたレニーだが、その意識はとっくに雲散霧消。 「何故気にする! むしろ誇れ! 君は今、世界の中心で萌えを叫んでいる状態なのだぞ! 跪け! 命乞いをしろ! 小僧から石を取り戻せ!!」 「わけわかんないわよ……」 「後、それから坊ちゃんはやめてくれって、前から言ってるだろ?」 「何よ。一応屋敷内だし、そう呼んだ方がいいでしょ? それとも普段どおり、アミエルって呼ぶ?」 「ちがぁぁぁぁぁぁぁうっ!」 いつもの喧嘩腰になりかけたレニーに、アミエルは一喝した。 「な、何よ……。まさかメイドだけに『ご主人様』とか呼べというわけじゃないでしょうね?」 いつもとは違う気迫にアミエルに、さすがに少し後ずさるレニー。 「わかってない……。貴様は何もわかってない……。そんな時は多少どもりつつ『か、勘違いしないでよね、べ、別にあんたのためにそう呼んでるわけじゃないんだから』と赤面しつつ言うのがセオリー! まさに世界の義務!!」 「あんた……一度死んだほうがいいわ」 「本当に分かってない! やはりきっちりとした萌えプログラムをマスターするべきだ、レニー! そもそも!! そのラグナミラーにはきちんと呼びかけに対応するように音声も仕込んでいるのに、わざわざオフにしなくても! デバイスとのやり取りが熱いというのがまだ理解できてないようだな!」 「何よ、そのデバイスって? ラグナミラーのこと?」 「そうだ。語りだすと長くなるので、後でゆっくり交えながら教えてやる!! ……そらそうと、『ご主人様』というのは大変萌えるのでOK。そういう言葉を理解してきたようだね、レニー」 「はぁ!? あんたが無理やり教えたんでしょーが!」 「……と、言いつつ、一生懸命僕の気を引こうと、なれない言葉を何とか使おうとするレニー萌え~」 「棒読みやめれ。というか、誰が気を引こうとしてるってわけ!? そもそもあんたは……――っ!?」 瞬間、周りに立ち上がった殺意に、レニーは視線を向ける。 かなりの数だ。いつの間にか取り囲むように近づいてくる。屋敷を警備しているはずのSPの気配はとっくに消えていた。 レニーはすぐさまアミエルの前に立つ。と、同時に迫り来る影に気がついた。 「メイドロボ……? 30体近くも?」 近づいてくるのは、それぞれ武器を持ったロボット。メイドの格好をしているのでメイドロボの類だろうが、調整されているのか、とても介護向けとは思えない。 「戦闘用にカスタマイズされている? 狙いは……アミエルか!」 メイドロボが一斉に動き出す。様々な武器を振りかざしながら、一直線に。 しかしそれを黙ってみているレニーではない。 「ラグナミラー!」 レニーの言葉に反応し、ラグナミラーが二兆拳銃の姿で彼女の手に納まる。刹那、射撃音が響き渡り、30体に近いメイドロボが駆逐されていく。 「レニー、そこは『アクセルシューター』とか言わないと」 「うっさい! 黙ってて!」 後ろでぶつくさ言うアミエルをほっといて、射撃を続けるレニーは、見事な動きで迫り来るメイドロボを駆逐した。 「これで全部……じゃない!?」 駆逐したメイドロボの残骸の後ろから、さらに迫り来るメイドロボたち。そして一人の男の影があった。 「あなた……ジャック!?」 「あぁそうだよ。久しぶりだねぇ、レニーちゃんよぉ」 ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべるのは、ジャックと呼ばれた小太りの男。昔、アミエルをさらおうと屋敷に侵入したのはいいが、ラグナミラーを持つレニーにこてんぱんにされた男である。 「復讐する気持ちがあったとはね」 「舐めんな。俺はどんなことでも目的を遂行する男なんだよ。そのためには、いくらでも金をつぎ込むさ! メイドロボをこれだけそろえるのに、どれだけの金がかかったか教えてやる!」 「知りたくもないわ。……ったく、違う方向に生きてればかっこよかったかもしれないのに……。まぁいいわ、また痛い目にあわせてあげる」 「へへ、それはどうかな」 そこでニヤリとするジャック。その表情を、後ろにいるアミエルは見逃さなかった。 「……ふーん、そゆこと」 興味なさそうに、アミエルはポケットに手を入れる。 そんなアミエルの動きも気づかないまま、レニーはラグナミラーを構えなおした。 「ラグナミラー! ロードカートリッジ!」 先ほどのメイドロボ戦で、弾丸を使い尽くしたはずだ。もう一度リロードしてなぎ倒す。そう考えていたレニーだが、そこで初めて異変に気づいた。 「リロードしない? 何で!?」 いつもなら素早く明滅し、カートリッジリロードするラグナミラーがまったく反応しないのだ。 「うひゃひゃひゃひゃひゃ! そのために、先の30体は使い捨てたのよぉ! 弾がなくなれば戦うこともできまいぃ~!」 レニーの反応を面白がって高笑いするジャック。 「ど、どういうこと!?」 「……恐らく、物質変換を阻害している装置か何かを持っているようだね」 焦るレニーの背後で、アミエルがその疑問に答えた。 「そもそもラグナミラーの弾丸は、自然にあるあらゆる物質を自動変換して作成される。大気や大地、あらゆるものに潜むものを材料にしてね。ファンタジー風に言うと、自然の精霊力を借りていると言ったところかな」 迫り来るジャックやメイドロボ達に興味すらない風に、アミエルは淡々と語りだす。 「しかし、あの男はそれを無効化する装置か何かを持ってるようだね。弾丸作成に必要な物質を中和させるといった感じの」 「え?」 アミエルの言葉に、レニーはジャックに視線を向ける。ジャックはニヤリと笑うと、懐から携帯電話のような形の何かを取り出した。 「こいつさ。ある意味、メイドロボ達よりも高くついた代物。どういう構造でそうなってるかは知らねぇが……まぁ無駄な買い物じゃなかったみたいだぜ」 「くっ……」 「終わりだぜ。こいつを買うのにかなり借金をしちまったが、そこのガキを誘拐して金に還れば、お釣りが来るほどだ。――ああ、レニーちゃんもお付き合いしてもらうぜ、いろいろとなぁ。へっへっへっ……さぁメイドロボ達、やっちまいな!」 ジャックの号令とともに、メイドロボ達が一斉にレニーとアミエルに襲い掛かる。反撃できないレニーは身を固めた。 「やれやれ」 しかしアミエルはいたって平然とレニーの前に立つと、ポケットから1枚のカードを取り出した。 「……ラグナ・ロード。セットアップ」 アミエルが呟くと、カードが反応し、くるくると回転すると変形し、杖のような形となった。 「なにぃ!?」 驚くジャック。そんなことにも気にせず、アミエルは杖を迫り来るメイドロボ達に向けた。 「広域殲滅。ラグナ・ロード。穿て」 閃光が走る。黒い光が収束し、杖から放たれた瞬間には、迫り来るメイドロボ達を一瞬でなぎ払っていた。 あまりに一瞬すぎた出来事に、ジャックも……そしてレニーも驚いていた。 「アミエル……あんたも持ってたの?」 「あぁ。……というか、僕のはオリジナルだよ。ラグナミラーは、こいつのミラーでしかないからね。こいつを解析してラグナミラーを作ったんだ」 いつもと変わらない口調のアミエル。だがレニーは驚いたままだった。威力がラグナミラーとは桁違いなのだ。 「でもこいつ、しゃべんないんだよ。面白くないことに。だから、ラグナミラーに音声システムを入れたのに」 「いや、そんなことは関係ないでしょ!?」 「関係あるよ。音声システム……というより、インテリジェント機能をオンにしておけば、こいつの持ってる変な機械とか探知して教えてくれたんだけどね」 「あ……」 「まぁ過ぎちゃったことは仕方ないけど」 アミエルは軽く肩をすくめて、ジャックに向き直る。ジャックはさすがに少し驚いていたが、すぐに指をぱちんと弾き、さらに隠していたメイドロボを呼び出した。 「まだまだぁ! 1発撃てば、もう弾はない! 今度こそフルボッコだ!」 「やれやれ。何体用意してたんだい? 屋敷の掃除も大変なんだが」 「これが最後だよ、ちくしょお! だが目的を達せれれば問題なし! 行け! そいつを捕らえろ!!」 ジャックの号令とともに、メイドロボ達が動き出す。2発目のリロードは出来ないため、アミエルは反撃できないはず。レニーはすぐにかばおうと前に出ようとして…… 「……っ!?」 アミエルに右手で制されて、動きを止めた。アミエルは動揺もせずに、静かに告げた。 「ラグナ・ロード。ロードカートリッジ」 「ひゃひゃひゃっ! ムダだって言ってるのが……何ぃっ!?」 確かにジャックは見た。 アミエルの持つ杖が反応し、明滅したことを。 「――穿て」 そんなことも構わず、アミエルは次の術を解き放った。結果は同じく、瞬間的な駆逐。 「バカな! 何で補給できたぁっ!?」 目の前で起こったことが信じられず、しりもちをつきながら叫ぶジャック。 「ラグナシステムの弾丸補充システムは前述通り。周りにある物質を変換させる。変換させたものが、その弾丸の素材になるんだが……その素材が、科学的にはそれが証明できなくてね」 そんなジャックに、アミエルは静かに近づいていく。 「地球上にはないとされてるものなんだよ。だから、僕はこう定義づけたんだ。――魔力と」 「ま、魔力だとぉ!?」 「まぁ超能力でも精神力でも気でも、何でもいい。わかりやすいのが魔力だと思ったからね。本来は誰でも持ってるもんなんだけど……僕のは桁違いらしいよ、その魔力。だから僕は自分で直接引き出すことが可能なんだ」 アミエルが杖を軽く振る。瞬間、杖に光が走り、リロードしたことを明かした。 「君がどこからか買い取ったそれは、あくまで周りにあるものを中和させるもの。人間内部には影響を及ぼさない。……仮にできたとして、その程度の機械じゃ、僕の魔力を中和はできないよ」 にっこりと微笑んだアミエルは、杖を腰が抜けて動けなくなったジャックに向けた。 「ひぃっ!?」 「本来僕は、人を傷つけるのが嫌いんだけどね。――だけどレニーを変なことに巻き込もうとした君は許せないんだ。悪いね」 杖の先から光が膨れ上がる。まっすぐ、ジャックに向かって。 「アミエル!!」 「……大丈夫だよ、レニー。殺す気はないから。こんなヤツのために、手を血で汚すつもりはないから」 そうにこやかに言うアミエル。光は収束し、やがて―― 復帰したSP達がぼろぼろになったジャックを拘束。メイドロボの残骸もきれいに片付けられていた。 アミエルも杖をカードの形に戻し、すでにしまいこんでいる。レニーは少し惚けたように、近くにへたりこんでいた。 「まったく、下らないことで時間を潰してしまったよ」 そんなレニーを助け起こして、アミエルは柔和な笑みを浮かべて言った。 「レニーもまだまだ自分の力を過信しちゃダメだよ」 「ん……。悪かったわよ」 「この遅れを取り戻さないと。……さぁ早速この僕がセレクションしたジャパニメーションを見て、特訓しないと!!」 「いやもう、それはいいから」 いつもの感じに戻ってしまったアミエル。さっきとはまるで雰囲気が違うが、いったいどちらが本物のアミエルなのか。 それはレニーにはわからなかった。 わからないが……言いたいことはあった。 「あ、あのさ……」 小さな深呼吸をして、少し熱くなってる頬を隠すよう、視線を落としながらレニーは告げた。 「さっきはありがとう。……かっこよかったよ、アミエル」 レニーにしては最大限の勇気を振り絞ったつもりだった。言いたかったことのほとんどは言えなかったが、伝えたかったのだ。 「…………」 しばらくあっけにとられたアミエルだが、やがて身を震わせ始める。 「……ツ……」 そして満面の晴れやかな笑顔でこう叫んだという。 「ツンデレ、キトゥアァァァァァァァッ!」 「はぁ!?」 レニーにとって意味不明な叫びに、彼女は別の意味で後ずさった。しかしそんな彼女をがっしりつかんで、アミエルは涙をどうどうと流しながら詰め寄った。 「やっぱお前には素質がある! 貧乳! ツインテール! ツンデレ! 俺にとっては幼馴染という属性まで付随して、萌えるガンマスターメイド!! 圧倒的ではないか、我がメイドは!! お前なら世界の頂点に君臨できる! いざ立て! 貧乳ツンデレメイドさん!! 見よ、スイスは赤く萌えているぅぅぅっ!」 「貧乳貧乳言うなぁぁぁぁっ!」 その後。 アミエルもSP達によって、屋敷内の緊急医務室に搬入されたというのは言うまでもない。 「……で」 そして、一週間後。 「これは何かしら? アミエル」 「何って、Maid Fightの参戦契約書。スイス代表として」 「何でこんなものがあるの?」 「参戦するに決まってるじゃないか。うちには世界一のメイドがいるんだし、国からの期待度も高いしね」 「誰が出るの?」 「君」 あっけらかんに言うアミエルに、レニーは言葉をなくした。 「メイドとメイドが戦うその姿。互いの主人の薔薇をめがけて飛び交う姿は、絶対運命黙示録……っ! 何て可憐でエレガントな。美しい戦いだ。まさに僕達が出るにふさわしい」 「…………」 「さらに舞台は、聖地日本! あのジャパニメーションの発祥の地! 行くしかないぞ、魂の故郷アキハバラ!! そこで僕を待ち受けるのはいったい何なのか!? 知的好奇心が僕をゆすぶる5秒前って感じだよ、レニー」 「はぁ……」 恍惚とするアミエル。がっくりと肩を落とすレニー。 「それにさ、レニー。これに参戦することで、君はまた、一歩前に進むことができる」 「前に……って?」 「公的な場所で、君は堂々と宣言できるんだよ! 『これが私のご主人様』と!」 「――っ!?」 「素敵だ、可憐だ、エレガントだ!! もう俺の心にある萌えドリルは、限界マックスまで回転している。僕のドリルは天を突くドリルだ! お前が信じる僕を信じろ!!」 「……信じてないわよ、はなっから!」 盛大にため息をつくレニー。 だが、結局はこの我儘な「ご主人様」の命令には従わないといけないことになるだろう。やれやれ、どうして日本まで遠征して、この人の世話を見ないといけないんだろうか。 もうこれが運命とあきらめるしかないのか? 『Let's hold out. My master』 腰の方から声がした。 「うん……頑張るよ。涙目だけど」 レニーはそう言いながら、1週間前に音声モードをオンにした自分の相棒、ラグナミラーにそう告げた。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
![]() ご主人様 アミエル | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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韓国代表 リ・ヨンエ ![]() | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「もぉー、待ってよースウォンったらー」 可愛い声がする。 年は二十歳前後だろうか。長い黒髪を後ろで束ねた、女性が前を歩いている男-スウォンを呼ぶ。彼女は、いま立っている砂埃立つ荒野に全くに似合わない姿-民族衣装のチマ・チョゴリ姿-で、全身ホコリまみれで、せっかくの白い肌も台無しになっていた。 この声に普通の男性ならグッとくる筈だが、スウォンは違った。 「大体、訓練なのにそんな格好でくるのが悪い!急ぐぞ」 「訓練、訓練って、わたしスウォンの身の回りの仕事のことかと思ってたのにぃー」 彼女はヨンエという。五年前からご主人のスウォンのお世話をしているのだが、彼女がスウォンを『ご主人様』と呼ぶことは一度もない。端から見ればカップルそのもの。でも、スウォンは傷だらけの白のライダーズジャケットにボロボロのジーンズで、ヨンエは民族衣装、おまけにここは砂埃舞う荒野。視覚的にはカップルというにはおかしい。 「オイ。あまりうるさいと、また面倒なことになるぞ。」 「スウォンこそうるさいよ」 「スウォン、スウォンって、お前、たまにはご主人様って呼んだらどうだ!言ってみろ、ハイ、ご・しゅ・じん・さま!」 「もぉ、スウォンの馬鹿!」 そんな調子でやりとりしているうちに、スウォンはすぐ近いところで殺気を感じた。 「おっと、面倒がやってきたみたいだ。」 砂塵の中から影が見えた。 「ヨンエ、ケンカはひとまずお預けだ。で、訓練を再開してもらう。」 「もぉ、スウォンがうるさいから来たのよ。訓練ばっかりイヤよ」 ヨンエは口をとがらせている。 殺気はすぐそこまで近づいてきた。身長は2m以上といったところか。砂の霧で隠れていた姿が、はっきりと目に映った。ガタイのいい男が立っている。 「オイ!スウォン!貴様を殺しに来たぜ。」 スウォンを見るや否やこの言葉である。 「あのー、どちら様ですか?」 ヨンエはスウォンに尋ねた。 「あぁ、あいつはチェン・マンホンって奴だ。全米総合格闘技で毎年ナンバーワンを取るすげえ男なんだが…、覚醒剤に手を出したもんだから格闘技界から追放。いまは、とある悪い野郎の用心棒…、でよかったか?マンホンよ」 「よくも主人を半殺しにしてくれたな!ここでキッチリ返させてもらうぜ」 マンホンは怒り心頭だ。これ以上の会話は無理らしい。スウォンめがけて突進してくる。 「相変わらず芸のない奴よ。ヨンエ、命令する。コイツをおとなしくさせろ。繰り返すがこれも訓練だ。」 ヨンエはコクッとうなずくと、マンホンに立ちはだかる。 「フッ、女に何ができる。」 マンホンは構わずヨンエに襲いかかる。二人とも潰すつもりだ。まずタックルを、と思った矢先、ヨンエが右足からハイキックを顔面に叩きこむ。 「甘いわ!」 マンホンは左腕で硬くガードしている。 ――甘いのはお前だ!マンホン! スウォンはそう言いたげだ。 しかし、ヨンエは右足はそのままに今度は左足の後ろ回し蹴りをマンホンのガードに当てようとした。だが、マンホンにもそれは見えている。落ち着いてガードしておけばよい、と判断したほんのわずかな瞬間だった。 ヨンエの両足がガードごとマンホンの首を万力のように挟んだ。 『スウォン流秘技、蛇狩(ジャッカル)』 ヨンエは静かにそうつぶやくと、自らの両足をマンホンの頭ごと地面に叩きつける。 「蛇狩、正に蛇が獲物に絡みつき、獲物を沈黙させる一撃必殺の脚力による投げ技。これを喰らって立ち上がれる者は皆無…。」 そう言葉にしたスウォンは、マンホンに向かって、 「お前の親分がオレんとこの道場荒らすからこうなるんだよ!二度とオレの目の前に現れるな!」 そのあと、スウォンが『オレの蛇狩はヨンエの百倍痛いぞ』とボソッと言ったのを、彼女は聞き逃さなかった。 「ん?百倍ってどれくらい?」 ヨンエは首をかしげる。 「宇宙一痛いんだよ。」 「それって死ぬんじゃない?」 「ええぃ、いちいちうるさいんだよ!訓練終わり!帰るぞ!」 「なによ北の国境まで来ておいて!何十キロあると思ってるの。また歩くのイヤだ~。ねえ~、スウォン!待ってよ~」 この1ヶ月後、スウォン流師範サイ・スウォンと、彼のメイド兼弟子のリ・ヨンエの大会出場が決定する。 今からさかのぼること15年前、韓国の仁川港の某所。当時のスウォンは17歳の少年だった。ただ、体つきは今とは変わらない。身長187cm、体重78kg、また、白のライダーズジャケットにジーンズ姿も今と同様だ。 彼の本来の仕事は、国家の特命を任されたスパイといったところか。もちろん危険も伴うため、スウォンの非凡な戦闘力は重要だった。おまけに17歳の若さはスパイを警戒する者にとって意表を突いた。彼はスパイ活動で既に功績を挙げている。当時は、北朝鮮に武器支援をするマフィアを発見し、やむを得ない場合は自らが手を下すことも特命の中に含まれていた。 そして、今日も独りの男を追い詰めた。男はマフィアのボス、名をリ・ジュオン35歳。国家が警戒する危険人物の一人だった。追い詰められたジュオンだったが、状況は一対一かつ、相手が少年であることに少し油断していたのか、余裕さえ見られた。 ジュオンはマグナムを持っていた。被弾したときの殺傷力は高い。一方のスウォンは素手。ジュオンが余裕なのは単なる精神論というわけではないようだ。 だが、ジュオンには残念な事だったが、勝負は一瞬にして決した。 二発の弾丸をいとも簡単にすり抜けたスウォンはジュオンに前蹴りを放つ。ジュオンは冷静に半歩右に下がり、スウォンの蹴りをかわし、一弾打った。捉えたはずだった。 が、それはスウォンの左頬を掠めただけ。少年はジュオンの左腕に飛び蹴りを放つ。銃はスウォンの右脚により十数メートル先に弾かれた。ジュオンは驚く隙も無くスウォンの神業を喰らう事になった。 『蛇狩・虎殺』 ジュオンが聞き取れたかどうかは分からない。だが、自分が左手首を掴まれ、スウォンの左膝蹴りを顎に喰らい砕ける音、そしてそのままスウォンの体重が左腕に乗り、腱が引きちぎられる音を聞くことになった。 前のめりに倒れるジュオン。普通なら気絶しているところだが、このあたりはさすがボスといったところなのか。 スウォンは仲間を呼ぼうと、声を出そうとした。 「待て…」 それは、ジュオンの必死の叫びに近いものだった。 「俺は捕まる。そして、国に目を付けられた以上、二度とこちらに戻って来れるとは思えない……。」 少年は黙っていた。 「……頼む、俺には小さい娘がいる、俺のせいで娘がこれから先不幸になるのは父親としつ辛い…。お前が娘を助けてはくれんか。一生とは言わん。せめて娘が大人になるまで……娘の名は……」 懇願は続いた。スウォンは複雑な気持ちになる。当然、即答は少年にとって無理だった。まもなくジュオンは身柄拘束された。 それから、1週間ご、スウォンはあの男の必死の願いが忘れられなかった。左頬に受けた傷は残っていて、それに触れるたび、その叫びを思い出す。ふと、彼は、ジュオンの家に行ってみようと思った。スパイ活動の折りに何度か張り込んでいたので、場所は知っている。 「いつみても、すげえ家だよなぁ~」 家というよりは豪邸、それも大統領や首相並みのたたずまいだ。外から中をうかがうには壁は高く、見えるのは屋根ばかり。スウォンは思う、ジュオンは捕まるまでは幸せを履き違えていたのではと。しかし、幸せが身近なところにあると気付いた時には……。 スウォンの思考が途切れた。遠くから女の子の泣き声がする。声に向かってスウォンは歩き出す。そこには数人の男の子にいじめられている女の子がいた。男の子達の悪口がジュオンの娘だという事を証明していた。 「お前の父ちゃんは悪い奴~。」 「お前の母ちゃんは蒸発した~。」 女の子にとってそれは重すぎる悪口だった。リアルな一言が女の子を蝕んでいくようだった。 たまらず、スウォンは男の子を追い払う。頬の傷が彼らをジュオンの仲間と勘違いしたらしく、泣きながら逃げていった。 「そんなに恐い顔か…オレって…。」 傷を気にしたスウォンだったが、すぐに女の子に向かい、声をかける 「大丈夫か?…ゲガはないようだね。」 女の子は男の子達のように驚かない。コクッとうなずく。 「この家の子かい?」 この質問はまずかったようだ。彼女は答える様子はない。周囲から相当たたかれていることが窺えた。 「オレはスウォン。お嬢ちゃんを助けに来たぜ。」 それがスウォンの出したジュオンへの答えだった。女の子にとって『助けに来たぜ』という言葉は、大きな癒しになったようで、くしゃくしゃの泣き顔から笑顔が見えた。 「わたし、ヨンエだよ。スウォン。よろしくね。」 彼は自分の雇い主にヨンエを育てることを申し出た。そして、獄中にいるであろうジュオンに伝えるよう依頼した。 当然、雇い主は反対した。何も背負うものがないほど仕事をこなすにはよい条件になるためだ。だが、スウォンは言った。 「ジュオンには罪はあるが、小さな子供には罪はない。まして、それを背負って生きていくには重すぎる……」 彼は言葉を詰まらせた。涙があふれていた。 「――、お前も孤児だったなスウォン。耐えられないんだよな。いいだろう。許可してやる。」 雇い主の言葉に救われ、スウォンはヨンエを迎えた。もちろん、住む場所も変え新しい生活を始めた。 時の流れとあの時のスウォンの決意がヨンエを明るい女性へと変えていった。そして現在――。 「ねぇ、スウォン。今日、動物園に行きましょ。ソウルの動物園に二足歩行するカバのスープーくんが日本から来たんだって!」 「オイ、そんなことよりトレーニングしろよ。あの大会まで近いぞ!」 「え~っ!何でよ。スウォンの馬鹿!」 「馬鹿とは何だ!」 そんなやりとりをしながらもスウォンはヨンエが幸せになってくれることを願っている。そのきっかけがMaid Fightにある。そう感じているのだ。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
![]() ご主人様 サイ・スウォン | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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フランス代表 シャルロット ![]() | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
黒煙が舞っていた。 その中に立つ男が一人。 右手に長大な剣を持ち、白銀の鎧を身にまとっている。 精悍な顔つきだ。 年は三十の中頃が?額に走る傷が、この男は勇者であると雄弁に物語っていた。 「いい攻撃だ」 空いた左手で無精髭をさすりながら、その男、ミシェル・ネイは呟いた。 「合格ですかしら」 黒煙の向こう側から声がした。 漆黒のロングスカートに胸に光るロザリオ。 ひびの入った眼鏡の奥からは突き刺すような視線がうかがえる。 「あぁ、合格だ。さすがは傭兵間で名の高い『殺戮の修道士』ことシスター・ソニア。君になら戦いの中、俺の背中を任せることが出来る」 「光栄ですわ。アナタからそんなお褒めの言葉をいただけるなんて……『勇者の中の勇者』ミシェル・ネイに」 「俺などたいしたことなどないよ」 「またご謙遜を」 ソニアは笑った。 「アナタの名前を聞くだけで、私たち傭兵は身が震えるものです。戦場でよく、私たちは神へと祈っておりました。どうかアナタが、私たちの敵ではないように・・・とね」 「ほぅ?神にか?どんな神にだ?」 「お分かりでしょうに・・・」 ソニアの口元が歪む。その表情は、シスターのものではなく兵士のそれだった。 「戦場にいるのは死に神だけでしょう」 「くっくっく……確かに」 ネイも笑い、手を差し伸べた。 「とにかく、今度行われるmaid fight、俺のテストに合格したのは君だ。宜しく頼む」 「こちらこそ……フランスに勝利を」 「そして敵国に敗北を」 二人が握手をしようとした、まさにその瞬間。 「!」 上空から、巨大な鉄塊が飛来してきたのだ。 「なんですの?」 間一髪、ソニアは身をひねり直撃を避けた。 耳を切り裂く轟音が響き渡る。 「信じられない……」 ソニアの目の前に突き刺さっているそれは、2メートルはあろうかという鉄製の斧であった。 「あ~!おっしい!あと少しじゃったわ!」 声がした。 二人が振り向き、驚愕の表情を浮かべた……ただし、それぞれ別の意味で。 「あんな子供が、これを?」 ソニアの驚きは、それが小さな少女だったからである。遠く離れた丘の上に、ピンク色のドレスを着た少女が、腰に手をあてて凛とした姿勢で立っていたのだ。 しかし、ネイの驚きの意味はソニアの驚きとは違った。 ・・・彼が驚いたのは、そこに立ってのが彼のよく知っている少女だったからである。ネイは肩をすくめると、つぶやいた。 「……なにをされているのですか、姫?」 「決まっておろう!」 少女はふふんと無い胸をはり、堂々と答えた。 「この私、シャルロット・フィリスがこたびのmaid」fightに出場するのだ!」 「だから」 しばらく後、威風堂々とやってきたシャルロットを前にして、ネイはやれやれといった表情を浮かべると、力なくいった。 「それは駄目ですと、何度も申し上げたでしょう、姫?」 「嫌じゃ!わらわは出る!」 「駄目です。危険すぎます」 「うるさいうるさいうるさい!わらわが決めたのに口だしするな!」 「しますよ」 ネイは大きなため息をついた。 「姫にもしものことがあれば、私が旦那様になんと言われるやら」 そして、肩をすくめた。 「私は、フィリス家に仕える騎士ですから」 「ふふん。そう言うと思ったわ!」 してやったり、とでも言いたそうな顔で、シャルロットはいった。 「安心しろ!すでに父上からは許可をえておる!」 そう言うと、シャルロットは懐からもぞもぞと一枚の紙を取り出し、ネイに見せた。 目を凝らしてよく見てみる。 そこには 『ワシにはもう無理。駄目。だって言うこと聞かなきゃシャルロットちゃん家出するっていうんだもん。あとはネイ、君にまかせた』 と記入してあった。 「……」 フィリス家の紋章のついた、正式な文章だ。ネイには、自分の仕えている主がどんな表情でこの文章を書いたのかを、容易に想像することができた。 再びため息をつく。文章はまだ続いていた。 『あ、ちなみにワシの可愛いシャルロットちゃんにもし傷の一つでもつけたら殺すから。しっかり守るように』 「……だから嫌だといったんだ」 あきれ果てるネイを尻目に、シャルロットはすたすたと近づいてきた。 傍らに立って、事態を傍観しているソニアを見つめる。 「この女は?」 「……先ほど決まった、私のmaidです」 「ふふん」 シャルロットはソニアの方を向くと、いった。 「そなたはクビじゃ」 「……なんですって?」 「聞こえなかったのか?下賎の者は耳も遠いとみえる。ではもう一度言ってやろう……そなたは、ク・ビ・じゃ!」 「何を……」 「姫!」 ソニアが口を開きかけた時、それをさえぎるかのようにネイがいった。 「シスター・ソニアは、私が正式に選んだのです。いくら姫さまとはいえ、勝手はいけません」 「……ネイはそんなにこの女がいいのか?」 シャルロットは、ゆっくりとソニアをみた。 視線の先は、ソニアの胸だ。 そしてそのまま、自らの胸をみた。 まったいらなそこを見て……、シャルロットはとある考えにたどり着いた。まるで壊れた人形のように、ギギギと音を立てながらゆっくりと振り向く。そしてじと目のままで、視線をネイからそらし、声を絞り出していった。 「そうか・・・もしや・・・ネイ・・・そなた・・・おおお、おっぱいがいいのか・・・この女の・・・お、お、お、おっぱいに惹かれたのか・・・」 シャルロットの言葉は続く。 「そうなのじゃな。おっぱいがいいのだな・・・。ネイはわらわみたいにちっちゃいおっぱいではなく、この女みたいな大きなおっぱいがいいというのだな・・・」 「あの~、姫?」 「ぷるぷるしたいのだろう・・・。そうじゃな。お、お、お、おっぱいは大きくないと駄目だものな・・・ネ、ネ、ネ・・・」 「あの~」 「ネイの変態!浮気者!」 一瞬であった。 シャルロットは地面に突き刺さっていた鉄の斧を引き抜くと、その勢いのままでネイを吹き飛ばし、そのまま事態を唖然とながめていたソニアに向かって鉄斧を差し向けていった。 「勝負じゃ!でかおっぱい女!」 「……はい?」 「わらわが勝ったら、その無駄にでかい胸と共に消え去るがよい!」 「あの~」 「まさか逃げはせぬだろうな。お主の大きいのは胸だけか!?わらわの挑戦を受ける度量すらないのか?」 「・・・上等ですわ。言わせておけば、このクソガキが・・・どうやら痛い目合わないとわからないみたいね」 「あの~」 「胸の大きさの差が、戦力の決定的な違いではないことを教えてやるわ!」 「あの~、お二人さん、このあたりで……」 (二人声を合わし)「黙れ!」「黙っていてください!」 「……はい」 二人のあまりの迫力に、ネイは事態を収拾するのを諦めた。女には勝てない。それは悠久の昔から続く人類の真理だ。地面に座り込み、事態の行く末を見守ることにする。 先に動いたのは、ソニアであった。 「調子にのらないことね!あなたの武器は、その巨大な鉄の斧。確かに脅威だけれど、当たらなければどうということもないわ」 ソニアはそう言いながら、懐から銀製の銃を取り出す。 剣と銃。 接近戦と遠距離戦、古から、どちらが有利かは明白。 勝利はソニアの勝ちで動かない……はずであった。 だが。 次の瞬間、今日何度目かの驚愕の声を、ソニアはあげることになった。 「!?もうここまで!」 あろうことか、シャルロットは、鉄の斧を手にしたまま、一直線に最短距離を走ってきていたのだ。銃を構えた敵に向かって、フェイントも何もかけることなく、一心不乱に走ってくる姿。そこに迷いは見受けられない。 2メートルを超える巨大な鉄の斧を片手にしているにも関わらず、そのスピードは信じられないほど早かった。 普通の者なら、その光景に目を奪われて動けなかったかもしれない。しかし、さすがにソニアは歴戦の兵士であった。すぐに気を取り直し、対処する。 (ちょっと遅かったようね) まっすぐに向かってきている標的を、外すことはない。ソニアは息を吸い込むと、ゆっくりと、確実に、引き金をひいた。 「さようなら、お嬢ちゃん」 そのまま真紅の鮮血をばらまいて彼女は倒れる……はずであった。 が。 きぃん、とにぶい音がして、火花が散った。 シャルロットが、襲いかかる銃弾を、鉄斧を一閃して切り裂いたのだ。 「ありえない!そんなことありえない!」 「それはお前の常識じゃ!」 信じられない。銃弾の軌道を、人間は見ることができない。人間の限界を超えている。しかも、シャルロットが手にしていたのは2メートルを超える巨大な鉄の斧だ。その重量といえば、これまた想像を絶している。 その斧で持って、襲い掛かる銃弾を切り裂く・・・そんなこと、すでに人の限界を超えている。 あまりの出来事に呆然として立ち尽くすソニアを一瞥すると、シャルロットは鉄の斧を頭上に振りかぶり、叫んだ。 「お前は何のために戦っている?金のためか?プライドのためか?・・・小さい!小さすぎるわ!」 そのまま、鉄の斧を高速で回し始める。びゅんびゅんと風を切り裂く音が聞こえていた。まだ幼い少女が、2メートルを超える鉄の斧を軽々と振り回す・・・このような光景など、今までソニアが経験してきたどのような戦場でも出会わなかった。 「わらわの背には、フランスの国民が!責任が!未来がかかっておるのじゃ!わらわはそれを全て受け入れておる!」 横回転していた鉄の斧の回転が、急に縦回転へと変わった。凄まじいGがかかっているはずなのだが、そんな様子などシャルロットから伺うことはできない。 (死・・・) ソニアは、襲い掛かる確実な死を前にして目を閉じた。 一秒・・・二秒・・・時間だけが流れる。 襲い掛かるはずの斬撃はこなかった。 ゆっくりと、ソニアは目を開けた。 目の前数センチのところで、巨大な斧の先が止まっていた。 へなへなと、力なく座り込む。 それが、ソニアが生まれて初めて味わう敗北であった。 「そなたとわらわの間には、大きく違うものが二つある!」 ぶるんと鉄の斧を回し、シャルロットはそれを担いだ。砂埃が舞い上がり、ソニアの目に入るが、気にもならない。 「一つ!責任を受け止める覚悟の量!」 じっと目の前の少女を見つめる。こんなに小さいのに・・・なんと・・・雄大なのだろう。 「二つ!これが決定的な差じゃが・・・」 そこで、シャルロットは初めて年相応の少女のように恥ずかしそうな表情を浮かべると、かたわらで事の成り行きを見守っていたネイを見つめた。そしてえへんと咳払いを一つすると、いった。 「わらわは!ネイを愛しておる!」 「・・・はぁ」 「愛の力に勝てるか!この愚か者!」 「・・・申し訳ございません」 ついつい、敬語を使ってしまう。 すでにソニアは、身も心もこの少女に屈服していた。思わず、次のような思いが口にでた。 「姫様!」 「なんじゃ?」 「私・・・間違っておりました」 「分かればよろしい」 「そこで姫様・・・私を・・・わたくしめを・・・姫様に仕えさせてください!」 一瞬、きょとんとした表情を浮かべたシャルロットであったが、そこはさすがに王族のなせる業、尊大にうなづくと、高笑いを浮かべていった。 「よかろう!わらわは寛大じゃ!来るものを拒むような真似はせぬ!好きにするがいい!」 「はっ・・・ありがたき幸せ」 「精進するがいいぞ」 そして、鉄の斧をふりかざし、ソニアにむかっていった。 「身も、心もな!」 「はい!この一命に変えても!」 (・・・で、どうしろというんだ?) 目の前で行われる主従のやりとりを見て、ネイは今日何度目かの大きなため息をついた。まぁ、正直、どうにもこうにもならない事は、彼の経験上から分かっている。 このお姫様には、結局のところ、逆らうことが出来ないのだ。 (でも、なぁ) maid fight 「ご主人様」と「メイド」の戦い。 (俺が仕えている主のお嬢様から、「ご主人様」と呼んでいただくわけにもいかないしなぁ・・・) このネイの悩みを聞いたのか感じ取ったのかは分からないが、新しく臣下となったソニアを引き連れたまま、シャルロットは満面の笑みで振り返っていった。 「ネイ!これでmaid fightにわらわが出場するのを防ぐわけにはいかぬであろう!わらわは出るぞ・・・今日から、わらわはネイのメイドじゃ!・・・これから、『ご主人様』と呼ぶぞ・・・いやいや・・・もっといい呼び方があるな・・・そうじゃ!」 キラキラと目を輝かせて言う。 「『旦那様』と呼ぶのはどうじゃ!?ちょっと早いかもしれぬが、どうせそのうち、ネイはわらわの夫となるのじゃ!問題あるまい!」 「さすがですわ!姫様!」 「そう誉めるでない!わらわがさすがなのは、当たり前のことじゃ!」 (・・・もう、勘弁してくれ・・・) そんなネイの心中など知るすべもなく、シャルロットは荒野で一人、「旦那様~」と、高笑いを続けていた。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
![]() ご主人様 ミシェル・ネイ | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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